ゾンビや吸血鬼といった、死んだはずの者が蘇る怪異は、世界中の神話や伝承に登場する。
こうした「死体のような存在」は、ホラー映画やゲームといった創作の世界でも定番の題材となってきた。
だが、伝承をひもといてみると、実は死者ではなく、はじめから生きていたとされる者たちも少なくない。
今回はそんな「死者に見えて実は生きていた異形の存在たち」を、各地の伝説をもとに紹介していきたい。
1. スパルトイ

画像 : カドモスが竜の歯を蒔くと、地面からスパルトイたちが現れた public domain
スパルトイ(Spartoi)は、ギリシャ神話に登場する戦士である。
ある時、カドモスという男が部下たちに、泉から水を汲んでくるよう命じたそうだ。
ところが、その泉には獰猛な竜が生息しており、哀れにも部下たちは皆殺しにされてしまったという。
部下を失ったカドモスは激怒し、報復として竜を抹殺した。
すると、そこへ戦の女神「アテネ」が現れ、竜の歯を地面に蒔くことを勧めてきた。
言われた通りカドモスが竜の歯を蒔いたところ、驚くべきことに、地面から数人の武装した兵隊たちがニョキニョキと生えてきた。
彼らは「スパルトイ」といい、その名は「蒔かれた者」を意味するという。
スパルトイたちは即座に殺し合いを始め、最終的に5人が生き残った。
カドモスはこの選りすぐりの戦士たちを、部下として迎え入れたとされる。
このスパルトイだが、創作の世界では「骸骨の戦士」として描かれることがしばしばある。
これは、1963年公開の映画『アルゴ探検隊の大冒険』の影響が大きいとされている。
映画内では、地面に蒔かれた竜の歯より生じた、7体の骸骨戦士が登場する。
ストップモーション(1コマずつ撮影した映像をつなげて、あたかも動いているように見せる技術)の第一人者、レイ・ハリーハウゼン(1920~2013年)の手腕がいかんなく発揮されており、まるで生きているがごとく動き回る骸骨たちの姿は、まさに圧巻の一言である。
2. デュラハン

画像 : デュラハン『南アイルランドの妖精物語と伝説』より public domain
デュラハン(Dullahan)は、アイルランドに伝わる妖精である。
その姿はなんと、「自分の生首」を小脇に抱えているという、大変恐ろしいものだ。
アイルランドの作家、トマス・クロフトン・クローカー (1798~1854年)の著作『南アイルランドの妖精物語と伝説』によると、その首は異常に血色が悪く、クリームチーズにブラックプディング(豚の血を腸詰めしたもの)を巻いたようだと形容されている。
普通の人間なら、首が切断されてしまえば間違いなく即死するだろう。
だがデュラハンは妖怪ゆえに、特有の摩訶不思議な力が働き、生き長らえているのである。
伝承によるとデュラハンは、近い内に死ぬ者の前に現れる、いわば死神のような存在であるという。
デュラハンはコシュタ・バワー(Coshta Bower)という馬を駆り、ゴロゴロと音を立てながら現れる。
この時、うっかり家の戸を開けてしまった者は、タライ一杯分の血を浴びせられるというから堪らない。
他にもデュラハンの姿を見た人間は、鞭で目を潰されるという伝承も存在する。
このような見た目と行動ゆえに創作の世界では「首無し死体がよみがえった怪物」と設定されることも多い。
3. グール

画像 : グール wiki c LadyofHats
グール(ghoul)は中東に伝わる怪物である。日本語では食屍鬼(しょくしき)などと訳される。
創作においては往々にしてアンデッド(死体の怪物)とされることがほとんどだが、伝承では生ける怪物として語られており、かの『千夜一夜物語』にも登場する由緒ある存在である。
グールは主に砂漠に生息し、体色をカメレオンのごとく自在に変えられるとされる。
また、変身能力も有しており、ハイエナなどによく化ける。
邪悪な怪物であり、旅人を襲ったり、子供をさらって食べてしまう。
メスのグールはグーラー(ghulah)と呼ばれ、美女に変身して男を誘惑したのち、いざベッドインというところで正体を現し、男をバリバリと貪り食ってしまうのだという。
また、意外なことにグールは卵生の生物であり、子供のグールはグーラーの乳を飲んで育つとされる。
このように凶悪な怪物として描かれることの多いグールだが、伝承によっては、人間に親しみを示す例もある。
中には人間と結婚して子をもうけたり、イスラム教に改宗したと語られるグールも存在するという。
4. ナスナース

画像 : ラクダとナスナース public domain
ナスナース(Nasnas)またはニスナスは、グールと同じく中東の伝承に登場する怪物である。
ペルシャの学者、ザカリーヤー・カズウィーニー(1203~1283年)の著作『被造物の驚異と万物の珍奇』によれば、その姿はなんと「縦に真っ二つに切り裂かれた人間」という、驚愕すべきものである。
普通の人間なら、縦に真っ二つになってしまえば確実に死に至る。
だが摩訶不思議なことに、ナスナースは問題なく生存しており、それどころか凄まじく俊敏に動き回るという。
アルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899~1986年)の著作『幻獣辞典』では、胸に顔があり羊のような尻尾を持つタイプや、コウモリの羽が生えたタイプのナスナースが紹介されている。
参考 :『ギリシャ神話集』『千夜一夜物語』『幻獣辞典』他
文 / 草の実堂編集部
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