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【源氏物語はここで生まれた】紫式部の邸宅跡「廬山寺」を訪ねてみた

画像:紫式部(土佐光起画、石山寺蔵)public domain

2024年に放送されたNHK大河ドラマ『光る君へ』では、平安時代を代表する文学者・紫式部の波乱に満ちた生涯が描かれ、多くの視聴者がその人物像や創作の背景に思いを巡らせました。

筆者もそのひとりで、これまでに『源氏物語』の着想を得たとされる滋賀県の石山寺や、物語の後半の舞台として知られる京都・宇治などを訪ねたことがあります。

今回、まだ訪れたことのないゆかりの地を探していたところ、紫式部がかつて暮らしていた邸宅跡が、京都市内の廬山寺(ろざんじ)に残されていることを知りました。

今回はその廬山寺を実際に訪れ、源氏物語の世界に触れる時間を過ごしてきました。

紫式部が暮らした邸宅跡 ~廬山寺の歴史のはじまり

画像:廬山寺の山門 筆者撮影

廬山寺は、京都市上京区、寺町通広小路に位置し、京都御苑の東側、御所の真東にあたる閑静な一角にあります。

この邸宅は、紫式部の曽祖父である藤原兼輔(堤中納言)が建てたとされ、「堤中納言の屋敷」として知られていました。

紫式部はこの家で育ち、結婚生活を送り、一人娘の賢子を育てました。

そして、1031年(長元4年)ごろ、59歳前後で生涯を終えたと伝えられています。

『源氏物語』は、紫式部が滋賀県の石山寺で構想を得たという伝承がよく知られていますが、実際にその大部分が執筆されたのは、この屋敷だったと考えられています。

まさにこの地こそが、世界最古の長編小説が生まれた舞台だったのです。

廬山寺の歴史 〜紫式部ゆかりの地になるまで

廬山寺の起源は10世紀。平安時代、比叡山延暦寺の高僧であった良源によって開かれた寺にさかのぼります。

画像 : 良源 wiki c Myshkin

良源は、後に「元三大師(がんざんだいし)」と尊称され、厄除けや病気平癒の信仰を集めた人物です。

「元三」という名は、正月三日(1月3日)に亡くなったことに由来しています。

現在、全国の寺社で見かける「おみくじ」は良源が始めたとされ、「おみくじの祖」としても知られています。

彼が建立したのは、平安京の北西にある船岡山の南麓に位置する「与願金剛院(よがんこんごういん)」という寺院でした。

船岡山は風水における「四神相応」の北(玄武)にあたる神聖な地で、古くから宗教的な信仰の対象とされていました。

その後、1245年(鎌倉時代・寛元3年)には、浄土宗の開祖・法然の弟子である僧・覚瑜(かくゆ)が新たに寺を建立します。

この寺は、中国の名山「廬山」にならって「廬山寺」と名付けられました。

中国・廬山は、仏教教学の中心地の一つであり、天台宗の源流ともいえる場所。
廬山寺という寺名には、仏教の正統な教えを受け継ぐ道場としての誇りと敬意が込められていたのです。

さらに南北朝時代の1368年には、廬山寺と与願金剛院が統合され、「廬山天台講寺」と改名されました。

このときから、天台宗を中心に、密教・律宗・浄土宗の3つの宗派も合わせて学ぶ「四宗兼学」の道場として、より幅広く深い仏教の理解を目指す修行の場となりました。

しかし、室町時代に勃発した応仁の乱(1467〜77年)によって寺は焼失。

その後、1573年(元亀4年・天正元年)、正親町天皇の勅命により、現在の地に移され再建されます。

そしてこの地こそが、平安時代に紫式部が暮らしていた邸宅跡だったのです。

廬山寺は、仏教の修行道場であると同時に、世界最古の長編小説『源氏物語』の執筆地ともいわれる、歴史と文学が交差する特別な場所だったのです。

現在の廬山寺と「源氏庭」

現在の廬山寺の境内はこぢんまりとしており、山門をくぐるとまず正面に見えてくるのが元三大師堂。

画像 : 廬山寺の元三大師堂 筆者撮影

その奥に、棟続きで本堂が構えられています。

画像:本堂入り口 筆者撮影

山門を入ってすぐ右手には、小ぶりな鐘楼があり、静寂な境内に響く鐘の音が、心を鎮めてくれます。

拝観受付を済ませると、堂内には静かなお堂や展示室が並びます。

本堂には、阿弥陀如来を中心とした三尊像(阿弥陀三尊)が安置されていました。

これは国の重要文化財に指定されているもので、阿弥陀如来の両脇には、慈悲を司る観音菩薩と、智慧を象徴する勢至菩薩が配されています。

本堂の縁側の南側には、「源氏庭(げんじてい)」と呼ばれる庭園が広がっています。

画像:廬山寺の源氏庭 筆者撮影

名前の通り、紫式部の『源氏物語』にちなんで名付けられた庭で、1965年(昭和40年)に紫式部の邸宅跡として石碑が建てられた際に整備されました。

この源氏庭は、平安時代の庭園の風情が再現され、白砂と苔のコントラストが美しく、見る者を静寂の時の流れへと誘います。

とくに夏から初秋にかけては、苔の間に鉢植えの桔梗が並べられ、紫の可憐な花が風にそよぐ姿は、まるで物語の一場面を思わせるようです。

源氏庭へと向かう廊下には、もうひとつの見どころがあります。

貝殻の内側に『源氏物語』の一場面を描いた装飾展示です。

画像:貝合わせ風の絵図

これは「貝合わせ」と呼ばれる、貝殻の内側に絵を描き、その対を探す、平安時代の貴族の女性たちの遊びが再現されたもので、当時の雅やかな文化の雰囲気を肌で感じることができます。

京都人に愛される節分の風物詩「鬼おどり」

廬山寺では、毎年節分に行われる代表的な行事があります。

「京都三大節分」の一つとされる、「節分会 追儺式 鬼法楽(せつぶんえ ついなしき きほうらく)」です。

通称「鬼おどり」として長年地元に親しまれ、「節分といえば廬山寺」と語られるほどの人気を誇っています。

「鬼おどり」は、廬山寺の精神的な源流ともいえる元三大師に伝わる逸話に由来しています。

かつて元三大師が、国家安泰を祈る300日間の護摩供を行っていた際、三匹の鬼が出現し、祈りを妨げようとしたというもの。

この鬼たちは単なる妖怪ではなく、仏教でいう「三毒」のこと。

「貪欲(むさぼり)・瞋恚(怒り・憎しみ)・愚痴(迷い)」と呼ばれる、人間の煩悩を象徴しています。

つまり、「鬼おどり」は三毒を追い払い、心を清めて春を迎えるという意味が込められた、厄除けの行事なのです。

当日は境内に特設舞台が設けられ、法螺貝や太鼓の音を合図に赤鬼・青鬼・黒鬼の三匹が登場。

本堂で執り行われている護摩供の修法を妨げようと踊り暴れますが、追儺師(僧侶)や、地元住民から公募されるという福娘が、蓬莱豆や福餅を撒いて鬼たちを退治します。

「煩悩を超えて福を招く」、そんな演出がユーモラスかつ厳かに展開されていくそうです。

機会があれば、京都人になった気分で見学して、煩悩を払い福を招いてみたいものです。

最後に

廬山寺は、紫式部の邸宅跡に後世になって建立されたお寺です。

しかし、境内に立ち、白砂と苔が美しく調和する「源氏庭」を眺めていると、まるで彼女の暮らしや創作の息づかいが今もそこに残っているかのような、不思議な感覚に包まれます。

『源氏物語』の世界観を象徴する庭や、紫式部邸宅跡の顕彰碑、さらには平安朝の雅を伝える展示など、寺全体が物語の余韻を静かに伝えてくれています。

廬山寺は、まさに「紫式部の記憶が息づく空間」といえるでしょう。

このエリアは、京都の中心部にありながら静かで、落ち着いた空気が流れています。

寺町通を挟んだ向かいには、明治維新の功労者・三條實萬を祀る梨木神社、火の神・竈神を祀る護浄院もあり、さらに西側には広大な京都御苑が広がります。

紫式部の時代に思いを馳せながら、京都の静寂と歴史を感じるひとときを、ぜひ味わってみてください。

「廬山寺」拝観時間(通常時)
時 間:午前9時~午後4時
定休日:1月1日・2月1日~2月9日・12月31日
料 金:大人500円 小中学生400円

アクセス
〒602-0852
京都市上京区寺町通り広小路上る北之辺町397
交 通
京阪鴨東線 「出町柳」より 徒歩約15分
「神宮丸太町」駅より 徒歩約15分
京都市営地下鉄 烏丸線 「丸太町駅」より 徒歩約20分
京都市営バス「京都駅」から4・17・205系統
「四条河原町」から3・4・17・205系統
「府立医大病院前」下車約5分
※河原町通りからは入山できません。寺町通りから入山ください

参考 : 『天台圓淨宗 廬山寺公式HP』他
文 / 草の実堂編集部

 

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藤城奈々 (編集者)

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ライター・構成作家・編集者
心理、人間関係のメカニズム、スピリチュアル、宇宙
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