神話、伝説

男を破滅させる美女たち…神話と伝承に見る「恐るべきハニートラップ」

画像 : 男を惑わす魔物 public domain

「ハニートラップ」という言葉は、誰でも一度は聞いたことがあるだろう。

女性が色仕掛けで男性を誘惑し、機密情報などを引き出す、諜報活動の一種である。

社会的地位や権力の有無にかかわらず、人の欲望を巧みに利用するこの手口は、古今東西で数多く使われてきた。
国家間の諜報戦でも頻繁に用いられ、現代社会においてもたびたび話題となる手法である。

こうした「甘い罠」は、神話や伝承の世界にも数多く登場する。

今回は、古くから語り継がれてきた「恐るべきハニートラップ」をいくつかひも解いていこう。

水辺の怪

画像 : ルサールカ イヴァン・ビリビン作 public domain

古来より、水辺には不思議な怪異が集まりやすいといわれている。

古代スラブ人(中欧から東欧にかけて暮らしていた人々)の伝承には、ルサールカ(Rusalka)と呼ばれる美しい精霊が登場する。

水辺で命を落とした女性がルサールカへと変わると信じられており、川や沼地に現れては男を誘惑し、水中へ引きずり込んで殺すと語り継がれてきた。

基本的に恐ろしい精霊ではあるが、古代スラブ人はこの存在を、豊穣の神として崇拝していたとも伝わる。

ロシアの作家ミハイル・イワノビッチ・ポポフ(1742~1790年頃)の『古代スラヴの異教の神話の記述』によると、ルサールカは緑色の長い髪を持ち、湖畔で体を洗ったり、木々の上で揺れる姿が目撃されていたという。

スラブ人たちは、このルサールカを水と森の女神だと信じ、供物を捧げ、祈り奉っていた。

しかし、スラブ地域にキリスト教が伝来すると、古来の信仰は次第に失われ、土着の神々は「邪悪な霊」として描き換えられていった。

かつて豊穣をもたらす女神と崇められたルサールカも、やがて男を惑わす妖しい存在として恐れられるようになったのである。

画像 : 川姫イメージ 草の実堂作成(AI)

日本においても、水辺に現れて男を惑わす女妖怪の伝承が残されている。

高知・大分・福岡などの川には、かつて「川姫(かわひめ)」と呼ばれる妖怪が現れたと伝えられている。

絶世の美女であり、男なら誰しも、その美貌の虜になること間違いなしだという。
だが油断していると、たちまち精気を吸い取られてしまい、最悪の場合死んでしまうというから恐ろしい。

福岡のとある水車小屋では、この川姫がしばしば出没し、若い男たちが被害に遭っていたという。
そこで、精気を抜かれる心配のない老人が見張り役として小屋の近くに待機し、川姫が現れた際には合図を送った。

若者たちはその合図に従い、目を伏せて息を殺すことで、難を逃れることができたと伝えられている。

按摩の甘い罠

画像 : 石妖イメージ 草の実堂作成(AI)

江戸時代の学者・佐藤成裕(1762~1848年)の著作『中陵漫録』には、「石妖(せきよう)」という妖怪の記述がある。

(意訳・要約)

伊豆国(現在の静岡辺り)の、とある採石場でのことだ。

休憩中の職人たちの前に、ある日突然、見知らぬ美女が現れ、「按摩(マッサージ)をいたしましょう」と声をかけてきた。

女が一人の男の肩を揉むと、あまりの心地よさに男はすぐに眠りに落ちた。
やがて女は、他の職人たちの肩も次々と揉みほぐし、皆を深い眠りに誘っていった。

しかし、ただ一人だけ女の様子を怪しんだ男が、そっとその場を抜け出す。
道中で出会った猟師に事情を話すと、猟師は「そりゃあ狐か狸の仕業に違いない」と断言した。

二人は女を退治するため採石場へ戻ると、女は異変に気付いたのか一目散に逃げ出した。
猟師が銃を放つと、女の体はまるで石が砕けるように飛び散ったという。

残された職人たちを起こそうとした二人だったが、驚くべきことに彼らの背中は石で擦り付けられたように無数の裂傷を負っていた。

放置すれば命も危ういほどの深手であった。

「こんな美女にマッサージしてもらえるなんて得だなぁ」などと鼻の下を伸ばしていると、たちまち背中をズタズタにされて、最悪死んでしまうのだ。

世の中、そう旨い話はないということである。

聖書におけるハニートラップ

画像 : サムソンとデリラ ヘラルト・ファン・ホントホルスト作 public domain

ユダヤ・キリスト教の聖典『旧約聖書』にも、ハニートラップを思わせる物語が記されている。

古代イスラエルには、サムソン(Samson)という並外れた怪力を持つ男がいたと伝わる。
彼は数多くのペリシテ人(古代パレスチナ沿岸部に住んでいた民族)を打ち破り、士師(支配者)として20年間イスラエルを治めた人物である。

しかし、そんなサムソンの前に、デリラ(Delilah)というペリシテ人の女性が現れる。

二人は愛し合うようになるが、サムソンを憎むペリシテ人たちはデリラを買収し、銀貨1100枚を報酬に彼の力の秘密を探るよう命じた。

デリラは何度もサムソンに問いかけ、ついにその怪力の源が「髪の毛」にあることを突き止める。
そしてある夜、サムソンが眠りについている間にデリラはそっと彼の髪を切り落とした。

力を失ったサムソンは捕らえられ、ペリシテ人たちの手に引き渡されることとなったのである。

このように、古代の神話から江戸の伝承、そして聖書の物語に至るまで、「甘い罠」によって人が破滅へ導かれる話は、戒めとして数多く語り継がれてきた。

しかし、時代や文化が変わっても、人の欲望を巧みに突く「ハニートラップ」は決して消えることなく、形を変えて今もなお存在し続けている。

参考 :
『古代スラヴの異教の神話』『中陵漫録』『旧約聖書 士師記』他
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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