神話、伝説

『門や扉をつかさどる神々』ローマ・中国・魔術書に描かれた守護の伝説とは

画像 : 扉は固く閉ざされている pixabay cc0

門や扉は、内側と外側を繋ぐ出入り口である。

門や扉を閉めることで、賊や猛獣の侵入を防ぎ、人々は安全に生活を送ることができる。
神話や幻想の世界においては、門戸を司る神がしばしば登場し、悪しき魔物や妖怪を退ける存在として、古来より根強く信仰されてきた。

今回は、そんな頼りになる守護神たちについて解説を行っていく。

1. ヤヌス

画像 : ヤヌスの像 public domain

古代ローマ文明は、古代ギリシャからの影響を多大に受けて発展した。

その影響は神話にも波及し、ローマとギリシャの神々は、その多くが同一視されていった。
たとえばローマの農耕の神「サトゥルヌス」は、類似する属性のギリシャの農業神「クロノス」と一緒くたにされ、神話の内容もほぼ一緒のものとなった。

そんな中で、このヤヌス(Janus)は、ギリシャに似たような神が見当たらない、ローマ独自の神の一柱として知られている。

ヤヌスは扉や出入り口を司る神であり「物事の始まりと終わりを統べる神」であるとも考えられた。

最大の特徴として、顔が前後に二つ存在していることが挙げられ、これは正と負、表と裏、生と死、創造と破壊など、あらゆる二面性を象徴しているとされる。

現在は観光地として有名な「フォロ・ロマーノ」には、かつてヤヌスの神殿が存在していたという。

この神殿の門は平時には閉じられていたが、戦争が始まると解放され、血の気の多いローマ人たちはこぞって戦場へ赴いたとされる。

また、一年の始まりである「一月」はヤヌスの月であり、英語の「January」もヤヌスの名に由来しているとされる。

2. カルデア

画像 : カルデア 草の実堂作成(AI)

蝶番(ちょうつがい)は、扉の開け閉めの基軸となる部品である。

カルデア(Cardea)は、この蝶番を司る世にも珍しい女神であり、家内安全の神として、古代ローマで信仰されていた。

詩人オウィディウス(紀元前43~紀元後17年)の著作『祭暦』には、彼女に関する逸話が収録されている。

(意訳・要約)

元々カルデアは、クラナエ(Cranaë)という名の精霊であり、テヴェレという川の近くの森に住んでいたという。
クラナエは大変美しく、あらゆる男が彼女に求婚するほどだったという。
しかし、クラナエは散々男を誘惑した挙句、指一本触れさせずに姿をくらます、魔性の女だったとされる。

そんなクラナエを見て、ムラムラと情欲を掻き立てたのが、先程解説した「ヤヌス」である。
ヤヌスは彼女と肉体関係を持つために、森へと訪れた。

クラナエはいつものように、デートの途中で姿をくらます算段であった。
だが二つの顔を持つヤヌスは、彼女がどこに隠れようが、すぐに見つけることができた。
そしてヤヌスは、クラナエを手籠めにすることに成功する。

行為の代償として、ヤヌスはクラナエに蝶番を司る権利と、魔除けの力を持つ植物(シロツメクサ、もしくはサンザシとされる)を与えた。

こうしてクラナエは、女神カルデアとなったのである。

3. 椒図

画像 : 台湾の滬尾砲台にある椒図の装飾 wiki c Fcuk1203

椒図(しょうず)は、中国に伝わる幻獣である。

明の時代の作家、楊慎(1488~1559年)が編纂した『升庵外集』などに、その名が見られる。

その姿は、カエルのようでもあり、巻貝のようでもあるという、非常に曖昧で奇妙なものとされている。
にもかかわらず、椒図は「竜の子」ともされる存在である。

中国において竜は、力と神聖さの象徴とされる。
だが、椒図は竜の子とはいえ「出来損ない」のような存在であり、いくら努力しても竜にはなれない運命にあるという。
そのような竜の失敗作たちは九体存在し、まとめて「竜生九子(りゅうせいきゅうし)」と呼ばれている。

椒図は、外部との接触を極端に嫌い、「閉じる」ことを好む性質を持つとされる。

その性癖から、侵入者を拒む力、すなわち魔除けの象徴として解釈され、古くから中国では門の取っ手などに椒図の装飾を施す習慣が見られたという。

4. サリルス

画像 : サリルス 草の実堂作成(AI)

『ヌクテメロン』という不思議な書物をご存じだろうか。

ギリシャの哲学者、テュアナのアポロニオス(15~100年頃)が記したとされる魔術書だが、実際は19世紀頃に書かれたものだと考えられている。

この書には、「ゲニウス」と呼ばれる精霊たちについての記述がある。

フランスの魔術思想家エリファス・レヴィ(1810〜1875年)による解説では、ゲニウスとは擬人化された「徳」の存在であり、1時から12時までの各時間帯に、それぞれ7体ずつのゲニウスが割り当てられているという。

そのうち、7時を司るゲニウスのひとりが、扉の開放をつかさどる鬼神・サリルス(Salilus)である。

もっとも、この「扉の開放」とは単なる物理的なドアの話ではない。

「偉大なる者の前に、世界が開かれる」といった象徴的な意味を持ち、才能の目覚めや運命の転機といった精神的・霊的な解放を表していると解釈されている。

7時担当のゲニウスには他にも、繁栄を意味するシアルル、支えの象徴であるサブルス、埋蔵金を司るリブラビス、鷲を象徴とするミズギタリ、蛇使いのカウスブ、強制的な愛を示すヤゼルなどが名を連ねており、これら全体が「魔術師の勝利」を象徴しているとされている。

つまり、優れた魔術師とは、こうしたゲニウスの力を統合し、自身の力を世界に示す者だというわけだ。

このように、神話の世界において「門」は単なる出入り口ではなく、秩序と混沌、内と外、神聖と邪悪の境界を示す象徴だった。

門を守る神々は、目には見えぬ力を静かに司り、人々の平穏な暮らしを今なお見守り続けているのかもしれない。

参考 :『高等魔術の教理と祭儀』『祭暦』『升庵外集』他
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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