江戸時代

山東京伝に私淑した振鷺亭とは何者?その作品と生涯をたどる【べらぼう外伝】

江戸時代は2世紀半にわたり天下泰平が続き、色々あっても様々な文化が花開く黄金期の一つでした。

特に後半は出版業界が熱気を帯び、絵師や戯作者たちが輝いていたことでしょう。

今回はそんな一人・振鷺亭(しんろてい)を紹介。

彼の生涯をたどってみようと思います。

絵を鳥居清長に学ぶ

画像:鳥居清長「美南見十二候 九月 いざよう月」Public Domain

振鷺亭は生年不詳、江戸久松町(または本船町)で大家を営む家に誕生しました。

本名は猪狩貞居(いかり ていきょ/さだおり)、元服して与兵衛(よへゑ)または彦左衛門(ひこざゑもん)と名乗ります。

ほか、多くの雅号を使い分けておりました。

関東米(かんとうべい)・魚米庵(ぎょべいあん)・金竜山人(きんりゅうさんじん)・丁子匂人(ちょうじ におんど)・寝言夢輔(ねごとゆめすけ)・浜町亭(はままちてい)……等々。

若いころから鳥居清長(とりい きよなが)に絵を学び、現存する草稿『針供養御事始(はりくよう おことはじめ)』などに高い技量を伝えています。

また、山東京伝(さんとうきょうでん)に私淑しており、戯作者として洒落本や読本などを世に出しました。

振鷺亭の主な作品

画像:振鷺亭『新春草紙顔見世』表紙 public domain

・洒落本『自惚鏡(うぬぼれかがみ)』寛政元年(1789年)

・洒落本『格子戯語(こうしけご)』寛政2年(1790年)

・噺本『振鷺亭噺日記(しんろてい はなしにっき)』寛政3年(1791年)

(※この間、京伝の筆禍事件や出版統制により活動停滞)

・読本『いろは酔故伝(〜すいこでん)』寛政6年(1794年)

・読本『寒温奇談一二草(かんおんきだん ひとふたくさ)』寛政7年(1795年)

・洒落本『翁曾我(おきなそが)』寛政8年(1796年)

・洒落本『意妓口(いきのくち)』寛政11年(1799年)

・洒落本『見通三世相(みとおりさんせそう)』 不明(寛政年間)

・洒落本『玉の牒(ぎょくのちょう)』不明(寛政年間)

・洒落本『客衆一華表(きゃくしゅ いちのとりい)』不明(寛政年間)

(※この間、活動停滞)

・読本『春夏秋冬春之巻(しゅんかしゅうとう はるのまき)』文化3年(1806年)

・読本『千代曩媛七変化物語(ちよのひめしちへんげものがたり)』文化5年(1808年)

・読本『阥阦妹背山(おんよういもせやま)』文化7年(1810)

・合巻『四月八日譚(しがつようか ものがたり)』文化9年(1812年)

・合巻『山水天狗ときに大山(やまみずてんぐ ときにおおやま)』文化10年(1813年)

・滑稽本『今西行吾妻旅路(いまさいぎょう あづまたびじ)』文化10年(1813年)

・合巻『鰻谷歌舞伎筋書(うなぎだに かぶきのすじがき)』文化11年(1814年)

・合巻『芝居好家内安全(しばいずき かないあんぜん)』文化12年(1815年)

・合巻『新春草紙顔見世(しんしゅん そうしのかおみせ)』文化12年(1815年)

・合巻『哆々嘙々草(ちゃうちゃう あわてがたり)』文化12年(1815年)

・合巻『大時代唐土化物(おおじだい からのばけもの)』文化13年(1816年)

……等々。

人間関係でトラブル?

画像:振鷺亭『哆々嘙々草』表紙 public domain

多くの作品を世に送り出してきた振鷺亭。

しかし才能と引き換えにしたのか、性格には難があったようで、何かとトラブルが多かったと言われています。

そんな振鷺亭は森島中良(もりしま ちゅうりょう)や式亭三馬(しきてい さんば)、また五代目市川團十郎(いちかわ だんじゅうろう)らとの交流がありました。

特に團十郎とは狂歌や寄稿のやりとりがあったと言います。

楽しく暮らす一方、親族との折り合いは悪かったようで、文化4年(1807年)ごろに大家の職を奪われてしまいました。

放蕩が過ぎたとも、また何か別の理由があったのかも知れません。

晩年は浅草寺そして川崎へ移住し、手習の師匠として糊口をしのいだそうです。

そして文政2年(1819年)ごろ、酔っ払って堰から転落、溺れ死んでしまいました。

※振鷺亭の没年については異説もあり、文化12年(1815年)11月23日とも言われています。

墓所は川崎の大徳寺と伝わりますが、残念ながら墓碑は現存していません。

為永春水が二代目を襲名

かくして世を去った振鷺亭。後に戯作者の為永春水(ためなが しゅんすい)が二代目を襲名(自称?)しました。

二人が師弟関係だったのか、そもそもどのような関係だったのかは分かっていません。

まさか単なる気まぐれの偶然ではないでしょうが……。

二代目振鷺亭の名は合巻『十種香萩白露(とくさのかおり はぎのしらつゆ)』や『滑稽鄙談息子気質(こっけいひだん むすこかたぎ)』などに伝わっています。

終わりに

画像:振鷺亭『大時代唐化物』表紙 public domain

今回は江戸時代後期に活躍した振鷺亭について、その生涯をたどってきました。

山東京伝に憧れ、私淑しながら独自の道を切り拓き、一時代に華を添えた存在と言えるでしょう。

NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」には登場しないと思いますが、当時は他にもたくさんの戯作者たちが活躍していました。また紹介したいと思います。

※参考文献:
・岡本勝ら編『新版近世文学研究事典』おうふう、2006年2月
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部

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角田晶生(つのだ あきお)

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