
画像 : 日本最西端 与那国島 Tokyo-Good CC BY-SA 4.0
日本の最西端、沖縄県・与那国島。
晴れた日には水平線の先に台湾の山々を望むこの島が今、歴史的な転換点を迎えている。
「台湾有事」という言葉が現実味を帯びる中、国境の島では自衛隊の増強と住民避難に向けた備えが、かつてないスピードで進められているのだ。
台湾有事の最前線 与那国島

画像 : 与那国島の位置 イラストAC
与那国島は、台湾からわずか約110キロメートルしか離れていない。
もし台湾海峡で武力衝突が起きれば、この島が戦域に巻き込まれるのは火を見るより明らかだ。
政府はこれまで、陸上自衛隊の沿岸監視隊を配置するなど「防衛の空白」を埋める作業を進めてきた。
今後は、さらに踏み込んだ対策が実施される。航空機のレーダーを無力化する「対空電子戦部隊」の配備だ。
これは、物理的な破壊を伴わずに敵の目と耳を封じる、現代戦の要となる能力である。
島民の多くが抱く「平和な日常が壊されることへの恐怖」に対し、政府は「強固な抑止力」という盾を用意することで応えようとしている。
しかし、部隊の増強は同時に、島が真っ先に狙われる標的になるリスクも孕んでおり、島内では安全保障への切実な渇望と不安が入り混じっている。
地下シェルターの設置と強化
万が一の事態に備え、目に見える形での「盾」の整備も始まっている。
政府と与那国町は、武力攻撃を想定した地下シェルターの建設に着手した。
特に、2027年の運用開始を目指して進められている新庁舎地下の特定臨時避難施設は、約200人が2週間にわたって生活できるスペックを備える予定だ。
「空からミサイルが降ってくるかもしれない」という極限状態において、地下施設は住民にとって最後の砦となる。
コンクリートの壁に囲まれた空間は、決して快適なものではないが、そこには「何としてでも生き延びたい」という人間の本源的な渇望が凝縮されている。
島外への大規模な避難計画が進む一方で、移動が困難な高齢者や、島に残らざるを得ない人々の命をどう守るか。この地下施設は、その難問に対する一つの回答といえる。
国防の要塞としての与那国島

画像 : 与那国島を代表する東崎の景観。与那国馬が闊歩する 松岡明芳 CC BY-SA 4.0
かつて与那国島は、国境を越えた自由な交易で栄えた歴史を持つ。
しかし現在、島の風景は「国防の要塞」へと変貌しつつある。
自衛隊関連の施設が増え、防衛局の職員が頻繁に行き来する日常。そこには、国家の安全という大義名分の下で進められる「政府の統制」が色濃く反映されている。
住民の間では、自衛隊の存在を容認する声がある一方で、軍事化が進むことで自分たちの「自由な暮らし」が制限されることへの反発も根強い。
情報統制や移動制限の可能性、そして基地があるがゆえに標的とされる不条理。統制が強まるほどに、島民たちはかつての静かで自由だった海と空への渇望を強く抱くようになっている。
安全保障と個人の自由。その危ういバランスの上に、今の与那国は成り立っている。

画像 : 懸念される台湾有事 廈門市(中国の実効支配下)にある「一国两制 统一中国」(一国二制度によって中国を統一しよう)のスローガン 鲁昌江 CC BY 3.0
島外避難と再会の渇望
政府が策定した広域避難計画によれば、有事の際、与那国島の住民約1700人は佐賀県へと避難することになっている。
110キロ先の台湾ではなく、遥か1000キロ以上離れた九州への大移動だ。
民間航空機や船舶を総動員したこの「国民保護」のシミュレーションは、もはや机上の空論ではない。
避難は一時の安全を確保するかもしれないが、それは同時に、先祖代々守ってきた土地を離れ、コミュニティがバラバラになることを意味する。
避難計画の先にあるのは、故郷への帰還と家族との再会を切に願う人々の姿である。
2026年、与那国島が進める対策の数々は、平和を守るための代償として、私たちは何を差し出すべきなのかと問いかけている。
参考 : 防衛大臣記者会見(令和7年11月25日)他
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
























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