世の中には、不思議なことがあります。
けれど、それが人間の起こしたものだと聞くと、どこか素直に信じきれないものです。
では、それが動物だったとしたら、どうでしょうか。
古来、動物は人とは異なる力を持つ特別な存在と考えられてきました。
その証として、いくつかの動物は神仏の使いとされ、神の意志を伝える存在として祀られてきました。
たとえば、狐(稲荷神)、鹿(春日大社)、牛(天満宮)、猿(日吉大社)など。
これらは「神と人をつなぐ」存在として、厚く信仰されてきたのです。
さて、紀州は九度山、高野山麓の古刹・慈尊院には、かつて「ゴン」という名の犬が暮らしていました。
今回は、このゴンちゃんが起こした奇跡のような物語をお話ししましょう。
高野山の麓に現れた一頭の野良犬

画像:慈尊院表門(撮影:高野晃彰)
和歌山県九度山町は、高野山の山麓に位置する町です。
そこには、弘法大師空海の母・玉依御前の霊を安置する慈尊院があります。
この寺に、かつてとても不思議な一頭の犬が暮らしていました。
その名は「ゴン」。白い雄犬で、紀州犬と柴犬の雑種。もとは野良犬でした。
慈尊院の鐘の音(ごーん)が大好きだったことから、いつしか「ゴン」と呼ばれるようになったのです。
1989年(平成元年)、ゴンは慈尊院をねぐらにするようになります。

画像:慈尊院のゴンの写真(撮影:高野晃彰)
そもそも高野山には、空海が開創の際、狩場明神が連れていた白と黒の二匹の犬に導かれたという伝説があり、犬との縁が深い土地でもあります。
そのため、犬は神の使いとして神聖視されてきました。
野良犬のゴンが温かく迎えられたのも、そうした背景があったのかもしれません。
さて、このゴンですが、ただ慈尊院に居ついただけならお寺のアイドル犬としてこの話は終わってしまいます。
ところが、ゴンちゃんは聖地高野山への入り口である慈尊院の犬として、とても不思議な能力を発揮することになるのです。
参詣者を導く「案内犬」になったゴン

画像:慈尊院境内(撮影:高野晃彰)
ゴンはやがて、ある行動をとるようになります。
慈尊院を訪れた参詣者を、最寄りの南海九度山駅との間、約2キロの道のりを案内するようになりました。
ここまでなら、人懐っこく賢い犬の微笑ましい話で終わるでしょう。
ところが、ゴンの行動はそれだけではありませんでした。
なんと、慈尊院から高野山大門まで続く参詣道・高野山町石道(約23キロ)を、参詣者の先頭に立って案内するようになったのです。
毎朝、慈尊院を出発し、参詣者を先導して山道を進み、夕方には高野山上の大門へ到着。
高野山町石道は歩き通せば約6時間かかる険しい山道ですが、ゴンは休憩する参詣者に合わせ、約8時間をかけて歩いたといいます。
そして参詣者を見送ると、人の通れないような獣道を駆け下り、夜には慈尊院へ戻ってきたと伝えられます。
老犬となっても続いた奇跡の道案内

画像:ゴンの石碑/横から(撮影:高野晃彰)
ゴンの道案内は、約4年間続きました。
ゴンは当時すでに10歳を優に超えていたとみられています。
犬の10歳というと、人間でいえばすでに老境の入り口にたった歳。
そのゴンがほぼ毎日、片道20キロ強の山道を歩き続けることが、たとえ犬であったとしても、どれほどの負担だったかは想像に難くありません。
しかし、ゴンは何かに導かれるように参詣者を案内したのです。
1992年(平成4年)、体調を心配したお寺のはからいで、ゴンはついに案内役を引退します。
その後は慈尊院でお寺の方々や参詣者から愛され、静かに余生を送りました。
そして2002年(平成14年)6月5日午後3時50分、老衰のため息を引き取ります。
推定年齢は20歳以上。慈尊院では27歳だったと伝えています。
動物医療が発展した現在でさえ、中型犬の寿命が15歳前後といわれる中、驚くべき長寿でした。
いまも慈尊院で参詣者を見守るゴン

画像:ゴンの石碑/全体(撮影:高野晃彰)
ゴンの死は多くの人に惜しまれ、慈尊院には問い合わせが相次ぎました。
その面影を偲び2002年7月23日、境内の弘法大師像の横に「高野山案内犬ゴンの碑」が建立され、ゴンの石像が置かれました。
いまも慈尊院を訪れると、空海と寄り添い参詣者を見守るように、ゴンはそこにいます。
神仏に導かれ、人を導いた奇跡の犬。
ゴンちゃんは、まさにそのような存在だったのかもしれません。
※当記事は、慈尊院においての取材と同寺パンフレットにより構成しています。
文:写真/高野晃彰 校正/草の実堂編集部

























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