
画像 : シク教徒 pixabay cc0
「アラブ人は頭にターバンを巻いている」というイメージを、誰もが漠然と持っているだろう。
だが実際には、イスラム圏でターバンを巻いた人は、地域差こそあれ思ったほど多くはない。
むしろヒンドゥー教が主流のインドにこそ、ターバンを巻いた人々は数多く存在する。
実はインドにおいて頭にターバンを巻く人は、「シク教」の信者である可能性が高いのだ。
シク教は世界で約2500万人の信徒を持つ、世界的にも規模の大きな宗教だ。
だがそのスケールに反して、どういった宗教なのかはあまり知られていない印象である。
今回は、知られざるシク教のあれこれについて紹介していきたい。
シク教の起源

画像 : グル・ナーナク public domain
シク教は15世紀末のパンジャーブ地方で始まった、比較的新しい宗教である。
シク教の開祖グル・ナーナク(1469~1539年)は、タールワンディー村(現在のパキスタンの都市ナンカーナ・サーヒブ)の、ヒンドゥー教家庭のもとに生まれた。
ナーナクは幼少期から神秘的なものに目がなく、ヒンドゥー教のみならずイスラム教の教義などにも触れ、大いに学んでいたとされる。(当時インド・パキスタン一帯はイスラム王朝であるローディー朝の支配にあり、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が共存していた)
彼は成人すると、スルタンプール・ローディという町に引っ越した。
そして近くの川で沐浴をした後、木の下で瞑想をするのが日課となった。
シク教の伝承では、ある日ナーナクは川で姿を消し、3日後に再び現れて「ヒンドゥー教徒もイスラム教徒もない」と語ったと伝えられている。
ヒンドゥー教といえば、厳しい身分制度「カースト」が有名である。
カーストの低い者は過酷な肉体労働や不衛生な仕事にしか就けず、一生惨めな生活を強いられる一方、高カーストの者はあらゆる特権を手にすることができる。

画像 : 中央上に座るのがグル・ナーナク public domain
ナーナクは比較的上位のカーストに属する家に生まれたが、身分によって人を分け隔てることなく接したとされる。
彼の思想は、カーストによる上下や、宗教が儀礼や形式に傾いていくあり方に強い批判を向けていた。
また、ヒンドゥー教とイスラム教が並び立つ土地にあって、どちらか一方に立つのではなく、宗派の違いを超えて神を見つめようとした点に特徴があった。
シク教の文献『ジャナムサーキー』などによると、ナーナクは3日の失踪のあいだに神の啓示を受けたとされる。そこで彼が悟ったのは、儀礼や肩書きに先立って、人はまず真っ当であるべきだということだった。
先述の「ヒンドゥー教徒もイスラム教徒もない」という言葉も、宗派の名乗りより先に、人としてどう生きるかを問うものとして理解されている。
その後、ナーナクは各地を巡って自らの教えを説いた。
彼の言葉は、既存の宗教観に慣れた人々にとって容易に受け入れられるものではなかったが、しだいに賛同者を集め、その教えは弟子たちに受け継がれ、後のシク教の土台となっていった。
教義

画像 : 5つのKの内の Kanga Kara Kirpan wiki c Harisingh
シク教は全ての人間の平等を説き、カースト制度を徹底的に否定する。
また、社会奉仕に積極的に参加し、弱者を助ける高潔な心が重要視される。
とくにカールサーに属する受戒シクは、通称「5つのK(Five Ks)」と呼ばれる、頭文字がKのアイテムを身に付けて自らの規律と信仰を示す。
以下がその簡単な概要である。
・Kesh
切らずに保った髪と髭のこと。神から与えられた自然の姿を傷つけずに保つという戒律。
その長い髪を整えて頭上に包むため、シク教徒はターバンを巻くのである。
・Kangha
木製のクシ。髪をとかし整えることで清潔さを保つ。
・Kara
鉄または鋼の腕輪。神との結びつきを示す。
・Kachera
短袴(下着。見た目はショートパンツのようである)。
履くことで性欲を抑制し、自制心を高める。
・Kirpan
短剣。不正に屈せず、弱者を守る責任を象徴する。まさに正義の象徴。
シク教は一神教であり、偶像崇拝を禁じ、唯一神以外に神は存在しないと説く。
しかしながらそれは、多神教の信仰を否定するということではない。
例えばヒンドゥーの神々などは、シク教の経典内などでも頻繁に言及をされている。
それらはあくまでも神ではないが、多神教徒たちの信じる大切な存在であるゆえ尊重すべきというのが、シク教のスタンスである。
また仏教などに顕著な、死後生まれ変わる「輪廻転生」の概念については肯定している。
シク教の今

画像 : 教えを説くナーナク public domain
このように、シク教はヒンドゥー・イスラムから多大な影響を受けつつも、独自の発展を遂げた宗教であるといえる。
現在、インドの人口の約2%がシク教徒といわれており、全体から見ればその数は雀の涙ほどである。
しかしながら、カーストを真っ向から否定するその姿勢は人々から一目置かれており、ヒンドゥー教から改宗を行う者も少なくはない。
だが、インド社会においてカーストの影響は現在も根強く残っており、身分による格差は完全には解消されていない。シク教が掲げた平等の理念は広く知られるようになったものの、社会全体に行き渡っているとは言い難いのが実情である。
とはいえ、グル・ナーナクの教えは非常に立派なものであり、シク教徒でない我々も見習うべき部分は多いだろう。
ヘイトが飛び交う現代社会においてこそ、他者を思いやる心が必要とされるのではないだろうか。
参考 : 『Janamsakhis』『グル・グラント・サーヒブ』ほか
文 / 草の実堂編集部

























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