いまでは日常的に使われているインターネット。
その起源は、アメリカ軍が冷戦中の1969年に開発した情報分散処理システムにあった。
民間の研究機関がすでに基礎研究を行ってはいたが、それを本格的に採用したのは軍である。
それまでは電話回線に頼っていたアメリカ軍だったが、電話中継基地が破壊されることで通信網に深刻なダメージを受けることを認識していた。
そのため、電話に代わる通信手段として複数の場所で同時に情報が共有できるネットワークが整備された。
これが発展し、やがて民間に広まったのが現在のインターネットである。
普段は何気なく使っていても、実は軍事技術から民間に転用され、今では一般社会に溶け込んでいるものはじつは数多くある。
軍事技術から生まれた身近なものについて調べてみた。
「携帯電話」
アメリカの携帯電話会社『モトローラ社』が、アメリカ陸軍の無線通信技術を参考に開発したのが携帯電話の原型である。
現在、普及しているスマートフォンになくてはならない、さまざまな技術も軍事技術から生み出され転用されたものばかりだ。
ナビゲーションアプリに必要なGPS(グローバル・ポジショニング・システム=全地球測位システム)も、アメリカ軍が打ち上げた約30個の人工衛星のなかの数機から信号を受け取り、受信者の位置を割り出すための技術であった。
作戦行動中に地図とコンパスを照らし合わせながら移動する負担を解消するのが目的である。
正式に運用開始された時期は不明だが、1980年代には民生用として一部の使用が認められたようだ。
スマートフォンのカメラも、もともとは冷戦期にスパイ衛星に搭載されたCCDカメラと電子メモリーの組み合わせが起源である。
民生用に開放された技術はデジタルカメラに応用され、それが小型化されたことによりスマートフォンに搭載できるようになったのだ。
「レトルト食品」
もとはNASAがアポロ計画で宇宙食に採用した技術だが、それをベトナム戦争後にアメリカ軍で本格的に採用して広めた。
軍用食の歴史としては、1804年にナポレオンが遠征に瓶詰めのものを採用した後、イギリスで缶詰が開発された。1810年のことである。
その後はアメリカ軍でも第二次世界大戦の頃から缶詰タイプの野戦食が採用されていた。
長期保存ができ、衝撃や破損にも強い。直火で温めることもできるため前線での兵士の食事としては効率的だった。
陸軍ではいくつかの主食の缶詰とチョコレートバーなどの高カロリー食品、それに粉末コーヒーなどをセットにしたCレーションと呼ばれる「一食分の野戦食セット」を開発した。
しかし、最大の弱点はその大きさや重さであった。
Cレーションはベトナム戦争後、より軽量で手軽に食べることが出来るレトルトパウチのレーション、「MREレーション」に切り替わっていった。
その頃、日本では世界初の一般向けレトルトカレーが発売されていたが、その起源はアメリカ軍にあったのである。
「お掃除ロボット」
有名な『ルンバ』は、アメリカのロボットメーカーであるアイロボット社が1990年代に国防総省向けに開発した「地雷探知ロボット」をベースに製作された。
段差から落ちたり、障害物を避けたりするといった高度なプログラムやセンサー技術はその転用である。
ほかにも、中東などの荒地で荷物を運ぶために開発されたロボットが民生用に改良されたりもしている。
しかし、これらは国防総省に持ち込まれた技術の一部でしかない。
アメリカの国防総省には数多くの革新的な技術が正式採用の座を狙って持ち込まれるが、実際に採用されるのはごくわずかだ。
コンペに敗れはしたものの、眠らせるには惜しい技術はやがて改良され民間に流れてゆく。今後もこうした傾向は続くだろう。
「カーディガン・トレンチコート・Pコート」
「カーディガン」は、1850年代のクリミア戦争においてイギリスのカーディガン伯爵が考案したものである。
戦闘中「怪我をした者でも着やすいように」とVネックのセーターを前開きにしてボタンで留められるようにしたのが始まりだった。
「トレンチコート」も第一次世界大戦中のイギリス軍により採用されたものである。
第一次世界大戦におけるヨーロッパの戦いでは寒冷地での塹壕戦が多く、その寒さに対応するために開発された防水性軍用コートがトレンチコートだ。
ちなみに「トレンチ」とは塹壕のことである。
「Pコート」も19世紀末からイギリス海軍が艦上用の軍服として採用していた。
錨がモチーフとなっているボタンに目を向けると、その由来に納得がいく。
その他、転用された 軍事技術
軍事技術から生み出されたものが民生用に転用されたものは、これだけではない。
ロケット、電子レンジ、自動ドア、腕時計、ティッシュペーパー、コンピューター……。
ポルシェやダイムラーなどは、エンジン関連の技術を第二次世界大戦で投入されたナチスの戦車用エンジンで磨き、ボシュロムは高精度なライフル用スコープを生み出す一方でコンタクトレンズを開発した。
カメラレンズで有名なカール・ツァイスも高精度ライフルスコープを開発していたメーカーなのである。
「軍事研究」と聞くと良いイメージはわかないかもしれない。
しかし、軍隊が本格的に採用したからこそ研究が進み、それが一般市民の生活に溶け込んでいったことも忘れてはならない。
その影には民間企業の功績も大きかったのだ。
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