※ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
2017年に発行された村上春樹の長編小説「騎士団長殺し」は、前作「1Q84」から7年の歳月を経て世に送り出されたこともあり、大変な人気となった。
そのタイトルから物語の内容は想像できないが、ヒントになるのが、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1787年に作曲したオペラ・ブッファ『ドン・ジョヴァンニ』(Il dissoluto punito, ossia il Don Giovanni(罰せられた放蕩者またはドン・ジョヴァンニ), K.527)』である。
オペラ・ブッファとは、喜劇と訳されることもあるが、滑稽さや風刺的内容を持つものが多い。
では、ドン・ジョヴァンニとはどのようなオペラなのだろうか?
目次
1.完成まで
※邸宅ベルトラムカ
初演に先立ち、書き掛けの原稿を持ってプラハにやってきたモーツァルトは、友人のドゥシェク夫妻のベルトラムカ邸に滞在して最終仕上げを急いだが、前夜になっても序曲だけは未完成であった。それでも、ほぼ徹夜で総譜を書き上げ、ようやく朝には写譜屋に草稿を渡せたのだという。
『フィガロの結婚』はウィーンではそれほど評判にならなかったが、プラハでは大ヒットし、作曲家が招かれることになった。その評判により、翌シーズンのために依頼されて完成した新しい作品がドン・ジョヴァンニである。
台本は『フィガロ』に引き続きロレンツォ・ダ・ポンテにより書かれた。ダ・ポンテは、イタリアの詩人で台本作家あり、モーツァルトの3つのオペラの台本を書いたことで知られている。1786年『フィガロの結婚』、1787年『ドン・ジョヴァンニ』、1790年『コジ・ファン・トゥッテ』をイタリア語台本で完成させている。
モーツァルトによれば、この作品は悲喜劇両方の要素を込めた作品と位置付けており、その悲劇的要素は作中の音楽により表現されている。
全2幕の構成で、演奏時間は第1幕90分、第2幕80分、合計約2時間50分の作品となっている。
2.あらすじ【第1幕】
※序曲の冒頭部分(総譜)
舞台は17世紀のスペイン。明け方のセビーリャ市内に二人の男がいた。
伝説のドン・ファン(プレイボーイ)ことドン・ジョヴァンニは、女性であれば誰でも口説き、裏切るということを繰り返す男である。その夜も従者のレポレッロに見張りをさせて、騎士団管区長の娘であるドンナ・アンナの寝室に忍び込むが、失敗し騒がれてしまう。そこに父である騎士団長が駆けつたが、ドン・ジョヴァンニは彼を刺し殺し、レポレッロとともに逃げ失せた。
そんなことでは懲りないドン・ジョヴァンニは、街で別の女性に声をかける。しかし、その女はかつて3日間だけ恋人だったドンナ・エルヴィラであった。捨てられたことを怒る彼女を従者レポレッロに押しつけて、ここもうまく逃げ出すドン・ジョヴァンニ。レポレッロも彼の行動には呆れるが、金や脅しにより離れることができないでいた。
次の標的は、ある村で農夫マゼットと結婚式を挙げていた娘ツェルリーナ。
ドン・ジョヴァンニは村人全員を自分の邸宅に招待して豪華な宴会を催し、その上で、ツェルリーナを自分のものにという手筈を整えた。しかし、あと一歩でツェルリーナをものにできるというところへ、ドンナ・アンナ、その婚約者ドン・オッターヴィオ、そしてドンナ・エルヴィーラの3人が現れ、彼の悪行を暴露されてしまう。ドン・ジョヴァンニと従者レポレッロは、その絶体絶命の窮地を何とか切り抜け、逃げ去ったのであった。
3.あらすじ【第2幕】
またしても懲りないドン・ジョヴァンニは、レポレッロと服を交換した上で、女性を誘惑しに出かけてしまった。一方、ドン・ジョヴァンニの服を着せられたレポレッロは、本人と勘違いされて、またもやドンナ・アンナ達に取り囲まれてしまう。
やっとの思いで逃げ出したレポレッロは、墓場でドン・ジョヴァンニと落ち合うことができた。しかし、その墓場にはあの騎士団長の石像が立っていたのである。
ドン・ジョヴァンニが反省せずに女遊びのことをレポレッロに話していると、なんと石像が口を開き、彼に悔い改めよと語りかけた。しかしドン・ジョヴァンニは動ぜず、不敵にもその石像を夕食に招待する。
その晩、ドン・ジョヴァンニが豪勢な食事をしていると、信じられないことに騎士長の石像が訪ねてきた。
ドン・ジョヴァンニが「私は何も悪いことはしていない」と言うと、石像は彼の手をつかんで、地獄に引きずり落としたのであった。
一同、悪事をなすもののなれの果てはこうだと歌い、幕となる。
4.主な登場人物
※モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』より、剣を携えたドン・ファン
・ドン・ジョヴァンニ Don Giovanni(バリトン)
従者のレポレッロの記録によると、各国でおよそ2000人、うちスペインですでに1003人の女性と関係を持ったという。
老若、身分、容姿を問わぬ、自称「愛の運び手」。モデルは、17世紀スペインの伝説上の放蕩児、ドン・フアン・テノーリオで、イタリア語ではドン・ジョヴァンニと呼ばれる。その伝説がそのまま、オペラとしてこの作品となった。
・ドンナ・アンナ Donna Anna(ソプラノ)
騎士団長の娘でオッターヴィオの許嫁。ドン・ジョヴァンニに夜這いをかけられ、抵抗したところに駆けつけた父親を殺される。
ドン・オッターヴィオ Don Ottavio(テノール)は、ドン・ジョヴァンニへの復讐は忘れて結婚しようと説得するが、アンナに父親が亡くなったすぐ後なので今は適当な時期ではないといわれる。
・ドンナ・エルヴィーラ Donna Elvira(ソプラノ)
かつてジョヴァンニに誘惑され、婚約するもその後捨てられた女性。始終ジョヴァンニを追い回し、彼を改心させようと試みる。
元は身分ある女性だったようで、ドンナ・アンナたちも圧倒されるほど気品に溢れている。執拗にドン・ジョヴァンニを追いかけるエルヴィーラの行動と彼女に与えられた音楽にこの作品の悲劇性を感じることができる。
5.ドン・ジョヴァンニの魅力
ドン・ジョヴァンニの女性好きな様子や、道化役の従者レポレッロなどの存在はモーツァルトらしい「笑い」に包まれる。
しかし、ストーリーは『フィガロの結婚』とは少し違って、最初からドン・ジョヴァンニと騎士長が決闘するなどシリアスな場面があり、序盤から観客は作品世界に引き込まれてしまう。
一方で、ラストの地獄に引きずり落とされるシーンでは、荘厳な曲調から徐々に禍々しい雰囲気になり、最後はオーケストラの激しい演奏により表されている。
この作品が作曲された時代では考えられないようなその劇的な音楽は、モーツァルトのオペラの中でも最も優れたシーンの一つとなっている。このように両極端なシーンを上手く融合させているところが、ドン・ジョヴァンニの魅力なのだ。
最後に
※セビーリャ
さて、簡単ではあるがドン・ジョバンニの魅力を調べてみた。
この作品と村上春樹の「騎士団長殺し」が関連しているのは明らかだが、どこにその要素が組み込まれているのかは読者自身の目で確かめてもらいたい。
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