北朝鮮の首都・平壌(ピョンヤン)には、近年、絶叫マシーンや3D映像が楽しめる遊園地、大型の水族館などが登場した。利用できるのは、朝鮮労働党や軍の幹部、そしてその家族である。
建設を推し進めたのは「金正恩(キム・ジョンウン)第一書記」だ。
最高指導者として、父・金正日(キム・ジョンイル)の跡を継いだ金正恩は、世界から孤立してまでも独裁体制を維持し続けている。なぜ、そのようなことが可能なのか。
そこには北朝鮮独自の「裏の経済」が存在していた。
プレゼント政治
平壌の中心部に高層マンションが立ち並ぶ未来科学者通りがある。国のために功績を挙げたとされる人たちだけが住める一等地だ。
朝鮮中央テレビでは、ここに入居した家族を訪問する金正恩の姿が放送されたことがあった。社会主義国家なので、こうした住居は国から与えられるもので、個人では購入できない。言い換えれば、金正恩からのプレゼントである。
功績を挙げた人民に、マンションや高級品を与えて忠誠を誓わせる北朝鮮特有の「プレゼント政治」は、一般の国民から党や軍の幹部まで幅広く行われていた。最高指導者に認められたと喜ばせ、最終的には「この人のためなら死ねる」とまで思わせるのが狙いだという。
プレゼント政治を始めたのは、父である金正日総書記だった。そして、北朝鮮にはプレゼント用の高級品を世界中から調達する専門の部署まで存在している。主にドイツ、オーストリア、中国、マカオなどで、時計や車、猟銃など、すべて何を買うかがリスト化され、それらの高級品を現地で調達していた。
宮廷経済
この統治手法を踏襲したのが金正恩(キム・ジョンウン)である。
金正恩は、プレゼントだけでなく、娯楽施設の開発なども行いプレゼント政治の規模も拡大した。その額は父親の頃の約2倍、年間600億円と推定される。これは、金正恩の権力基盤が弱いため、より多くのプレゼントを渡さないと父親と比べられてしまうからだ。しかし、なぜ巨額の資金を思いのままに操れるのか。
そこには、北朝鮮特有の「宮廷経済」の存在があった。北朝鮮には国のための「人民経済」と、最高指導者が自由に使える「宮廷経済」があり、宮廷経済は人民経済の一部を吸収するような形で金正日が構築したシステムである。
その金は、プレゼント政治と共に、核開発やミサイルなどの軍事開発にまで使われるようになり、その規模は全体予算の6割以上にもなったという。そして、宮廷経済を支えるために資金を調達する専門の組織まで存在していた。
武器輸出と39号室
その組織こそ、平壌の労働党中央庁舎の近くにある「39号室」である。
39号室の傘下には貿易会社、鉱山、牧場や農場などがあり、そこで稼いだ外貨が国家予算とは別に、最高指導者に直接届く仕組みとなっていた。39号室を通して得られる外貨収入が幾らになるのかは不明だが、北朝鮮における外貨収入の半分を超えると見られている。
宮廷経済を支える巨額の外貨は、各国の拠点を経て上納される。そのひとつが中国・マカオだ。マカオは、金融機関への規制が少なく、世界中から合法・非合法のマネーが集まってくる。巨額の現金の引き出しが容易で、秘密の取引がしやすいという。そして、その一画の雑居ビルのなかに、39号室の事務所もあった。
そこで武器輸出のために、各国の軍関係者と接触しているのである。
武器の輸出先は、ベトナム・ミャンマーなどのアジア、イラン・シリアを始めとした中東、さらにはアフリカ諸国にまで広がっていた。この武器取引こそ北朝鮮の大きな資金源であり、マカオから北朝鮮へ簡単に送金できるようになっている。それによって得られた外貨は、多いときで年間約1,000億円もあったと推測される。
経済制裁
一方で、国際社会はこうした北朝鮮の資金源を叩こうとしていた。
国連に委託されたNPO団体が、24時間体制で北朝鮮籍の船や航空機の動きを監視している。衛星情報などを使い、申告された航路を外れた船をマークしたりするのだ。パナマでは、大量の砂糖の下に隠された戦闘機とミサイルの部品が摘発、押収された。
そして、アメリカは経済制裁によってマカオにある北朝鮮のメインバンクの口座を凍結させた。これにより、北朝鮮の外貨獲得の手段は大きく制限されることとなる。しかし、北朝鮮は世界有数の埋蔵量といわれる金によって外貨を得ていた。これもマカオの事務所で行い、痕跡が残らないように現金で取引が行われる。しかも、外交官特権を利用して、税関を通さずに金を密輸していたのだ。
こうして、水面下では国際的な経済制裁と北朝鮮による外貨獲得のせめぎあいが行われていた。
新たな外貨獲得へ
しかし、宮廷経済を維持することは次第に難しくなっているといわれる。
年々、感謝の言葉だけを贈り、プレゼントを渡さないケースが増えてきているのだという。そのため、北朝鮮では新たな外貨獲得の手段を模索し始めた。その一翼を担うのが北朝鮮のプロバガンダ用の銅像などを製作してきた「マンスデ創作舎」である。
【※マンスデ創作舎が製作した金日成、金正日の立像】
その技術を使い、世界各地で銅像の建設事業に乗り出しているのだ。アフリカ・セネガルの首都ダカールに建つ高さ50mの「アフリカ・ルネサンスの像」は、総工費約25億円の銅像で、マンスデ創作舎が製作を手掛けた。
北朝鮮の技術者60人が2年を掛けて作り、総工費の半分が北朝鮮に支払われたと伝えられている。
【※アフリカ・ルネサンスの像】
そして、北朝鮮が作った銅像はアフリカだけで30近いというのだ。
最後に
金正恩体制は「金王朝」を支える外貨が減るなかでの統治を迫られている。
そのため、軍や党の幹部たちが小さいパイを求め、水面下での権力闘争が増し、徐々に不安定になるとの見方もある。しかし、軍事オプションを除けば、国際社会は協力して「外貨獲得の手段を潰す」しかないというのが識者の見解だ。
今も世界中で、北朝鮮による合法・非合法な外貨獲得の取引が行われている。
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