人物(作家)

パナソニックに生きる「幸之助イズム」

パナソニックの各事業所で開かれる「朝会」では、社歌の斉唄に続いて以下の「綱領」「信条」、そして「遵奉すべき精神」が唱和される。

○綱領:産業人の本分に徹し社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与せんことを期す。
○信条:向上発展は各員の和親協力を得るに非ざれば得難し、各員至誠を旨とし、一致団結社務に服すること。
○遵奉すべき精神:公明正大の精神、産業報国の精神など7つ

ともすると前近代的に映るかもしれないが、それこそ創業100年を迎えた今でも「幸之助イズム」が全社に脈々と息づく何よりの証しといえるだろう。

経営の神様のDNA

幸之助イズム

【※パナソニック本社(大阪府門真市) wikiより】

パナソニック(前・松下電器産業)の創業者で「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助 は、企業経営を実践していく中で数え切れないほどの名言、至言を残してきた。そして、それらは時代が激しく変化しようとも、色あせることなく語り継がれ、パナソニックの拠り所となっている。

『社会を豊かにして人々を幸せにする』

という社会的使命を説いた創業者の思いは現代でも変ることなく継承されてきた。バブル崩壊後の業績不振を受けて2000年に社長に就任した中村邦夫氏は「破壊と創造」を掲げて業績をV字回復させた。その中村氏が好んだ幸之助の名言のひとつが「日に新た」である。毎日は同じことの繰り返しではなく、日々変化する状況に対して、気持ちを新たにして取り組むことが大切、と説いた言葉だ。

また「企業は社会の公器」「すべての活動はお客様のために」という言葉も好んだという。

幸之助イズム

続いて2006年に社長に就任した大坪文雄氏は、就任時に「私にできないことは多いが『衆知を集める』ことで克服したい」と幸之助の言葉を織り込んだ。ひとりだけの知恵では限界があり、だからこそ衆知、すなわち多くの人の知恵や意見を集めて全員経営を実践するために、幸之助自身も常に「あんた、どう思う?」と人の意見を求めてきた。

大坪氏は世界に打って出るために、2008年に松下の名を捨て、現在のパナソニックへと社名を変更した。その発表の際にも「衆知を集めた全員経営」を掲げており、幸之助の意思をしっかりと受け継いでいたのである。

そして「幸之助イズム」は、2012年に社長に就任した津賀一宏氏にも継承されている。

パナソニックの社員はサラリーマンではない

津賀氏が念頭に置いている幸之助の名言が「常にいち商人の心を忘れず」だという。社長就任から1年程たったある日、津賀氏が販売店を訪問した際「パナソニックの社員はサラリーマンになっているのではないか。我々は商人だ」と指摘を受けたことがきっかけだった。そこで早速社内に持ち帰り「いち商人とは何か」について討議する機会をもった。

幸之助は常に「自分はいち商人である」と強く意識し、会社発展に伴って組織や社員の官僚化を何よりも憂慮していた。そして、事あるごとに「皆さんは会社の社員であるが、その仕事の本領は商売人だ」「お互にもう一度、商売人に立ち返らなければならない」と訴えてきたのである。

幸之助がいう「いち商人」とは、『商売の意義が分かる人』『相手の心が読める人』『人より頭を下げる人』だという。その言葉を解釈すれば、パナソニックはものづくりの会社という側面だけでなく、商売人の会社という色も濃いということになる。

高くて手が出せない画期的な商品よりも、どうしたらその商品が世の中に普及して社会全体が豊かになるのかということ尽力してきたということだ。

聖なる仕事

津賀氏は折に触れて「素直な心で衆知を集めて未知なる未来へ挑戦する」という表現を口にする。これこそまさに幸之助の名言「素直な心」と「衆知を集める」を組み合わせたものである。

素直な心とは「寛容にして私心なき心、広く教えを受ける心、分を楽しむ心」と定義づけられており、幸之助は1970年代の新聞インタビューに「商人は聖なる仕事」として、こう答えている。

『自分が儲けるために商売をするんじゃない。社会的に必要があるために商売ができるわけです。そういう使命感というものをはっきりつかんでいないと、商売にならんと思います。物を売って儲けさせてもらうというのは第二のことで、第一はより必要なものを必要な人に運ぶこと。これは神さんの仕事で、それほど聖なる仕事です。そういう聖なる仕事をしているんだという自覚と意思、そしてさせてもらっているという感謝と、この二つをはっきりと持っていないとあかんわけです』

未来への道しるべ

今やパナソニックは、住宅設備や自動車部品、法人向けソリューションなど家電以外の事業が売り上げの4分の3を占める。そこにも「会社の活動目的は社会の役に立つこと」という創業以来の理念が息づく。

幸之助は「ものをつくる前に人をつくる」と生涯を通じて人材育成に注力してきた。パナソニックの新入社員には入社後に幸之助の著書が配られ「幸之助イズム」が叩きこまれる。さらに幹部へと昇進するたびに研修が行われ、数々の名言が血となり肉となるかのように体に染みついてゆく。

同社の若手社員から「この会社ほど世の中のことを考えている会社はない」との声が聞こえてくるのも、あながち建前ではないだろう。

最後に

現代において「幸之助イズム」は、いささか大袈裟に感じる。それが継承されているというのを疑ってしまうのも仕方がない。しかし、企業の経営方針として「幸之助イズム」を見た場合、ブレることのない柱であり続けるのなら「あり」だろう。

先の見えない社会の中で、パナソニックはこの柱により未来を照らすことができているのだ。

関連記事:松下幸之助
「松下幸之助について調べてみた【経営の神様】」

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