飲食

洋食の歴史について調べてみた「日本初の西洋料理店は?」

洋食の歴史

洋食とは?

広義の意味では西洋料理を指しますが、一般的に洋食といった場合、日本で生まれた西洋風料理を指します。

洋食の歴史

仏教の伝来と共に日本は長く獣肉食を忌避し、江戸時代の鎖国によって米と野菜を中心にした独自の食文化を培っていました。

幕末から明治にかけて西洋人のための西洋料理店が開業され、そこで働いていた日本人が各地で西洋料理店を開くことによって西洋料理が全国へと広まることとなります。

洋食誕生の日

洋食の歴史

1872年1月24日に明治天皇が初めて牛肉を召し上がった日とされます。これより庶民の間で獣肉が解禁され、牛鍋(のちのすき焼き)が食べられるようになったと言われています。

日本初の西洋料理店

日本初の西洋料理店は長崎の出島のオランダ領事館で下働きをして西洋料理を学んだ、草野丈吉が文久3年(1863年)に長崎に開いた「良林亭」です。

良林亭は薩摩藩の支援によって開店したレストランです。長崎に居留する外国人や来航してきた外国人の接待のために使用されました。

またビフテキやカレー、スポンジケーキなど珍しい料理を味わえる店として人気となり、アメリカ大統領を接待するほどに有名店となりました。

草野は明治を代表する実業家の渋沢栄一五代友厚をパトロンとして新政府お抱えのコックとなります。まさしく日本初のスターシェフの誕生です。草野は惜しまれながら45歳で世を去りますが、良林亭はその後自由亭と名前を変え、現在もグラバー邸の中に西洋料理発祥の地として保存されています。

東京発の西洋料理店

明治維新後、東京に本格的な西洋料理店をと岩倉具視の支援を受けて開店したのが、現在も上野で営業を続ける精養軒です。

当初は築地精養軒としてオープンしましたが銀座の大火で焼失、ホテル・レストランとして再度本格開業するも関東大震災で全焼し、支店として開業していた上野精養軒を本店として今に至っています。

昭和以降の西洋料理

欧州の強国を模範とする日本国軍が採用した給食や野戦糧食によっても西洋料理は広く日本に知られていくことになります。

戦後、昭和31年ごろ栄養指導のためのキッチンカーが日本中を走って洋食の調理法を教えて回ります。これによって主婦の間で人気となった洋食は庶民の間にさらに浸透することとなります。この栄養改善指導はアメリカ合衆国農務省が資金援助を行っていますが、学校給食のパン食化同様にアメリカ国内の余剰小麦の消費を狙ったものと言えます。

明治時代から日本でも食されるようになった西洋料理ですが、西洋と同じ食材をそろえることは困難でした。食材は代用品が使われ、日本的な調理方法や食べ方、庶民に安価で提供できる工夫なども加わって、今日も食されるような洋食が誕生することとなりました。

高価な洋食を主体としていた明治時代に変わって、大正から昭和の時期になると長く一汁三菜やニ菜の食形態になれ親しんでいた日本人に向けてごはんとみそ汁、漬物と合わせてお箸で食べられる定食スタイルの洋食も現れだしました。

日本独自の西洋料理としての洋食の代表的なメニュー

コロッケ

洋食の歴史

明治時代にオランダから伝わりました。当時迎賓館だった鹿鳴館で供されたフランス風のクリームスタイルのクロケットが初めてとされています。洋食店では1905年に東京銀座の「煉瓦亭」が初めてクリームコロッケをメニューに載せました。

肉や魚をホワイトソースで煮込んで丸めて揚げたもので食材費がかかることから、日本風にジャガイモを使ったものにアレンジされていきました。
明治20年に刊行された文献に初めて「コロッケ」という名前が登場しています。とんかつ、カレーライス、と共に大正の三大洋食のひとつとされています。

大正6年には「コロッケの唄」が大流行するほどコロッケは大衆に普及しました。

とんかつ

仔牛肉に細かいパン粉をつけてフライパンで炒め焼きにするフランスのコートレットが元になった料理で、東京銀座の「煉瓦亭」で初めて供されました。

後に豚肉を使ったポークカツレツに温野菜の代わりに千切りキャベツを添えて供されるようになったものが大正時代に日本全国に広まりました。

関東大震災後に蕎麦屋のメニューにカツ丼があげらるようになり、気楽にとんかつが食べらえるようになります。

カレーライス

洋食の歴史

日本で初めて「カレー」という料理を文献で紹介したのは1860年に福沢諭吉の「増訂華英通語」で「Curry コルリ」と表記されています。

日本人でカレーを初めて目撃した三宅秀の記録には「飯の上へ唐辛子細味に致し、芋のドロドロのような物をかけ、これを手にて掻きまわして手づかみで食す。至って汚なき人物の物なり」と記されています。

カレーのレシピを初めて紹介したのは1872年出版の「西洋料理指南」です。

明治時代初期には洋食屋で供され高価な料理であったカレーですが、日露戦争で軍洋食として採用されたのをきっかけに帰国した軍人が家族に伝えたことから、一般家庭にもカレーは普及していきます。

現代のカレーの一般的な具材のジャガイモ・ニンジン・タマネギは明治の時代にはまだ珍しい西洋野菜でしたが、北海道開拓に伴い生産量が拡大し、国産の安価なカレー粉も登場したために、大正時代には現代の日本のカレーライスの原型は完成したと考えられています。

明治37年、東京神田の一環堂でカレー粉と肉を混ぜて乾燥されたものをお湯で戻して食す日本初のインスタントカレーが発売されます。明治43年大阪難波の自由軒であらかじめカレーとルーを混ぜて生卵をのせウスターソースをかけて食すカレーが提供されました。大正3年日本橋の岡本商店がお湯で溶いて肉野菜を入れて作る「ロンドン土産即席カレー」を発売します。大正7年東京浅草の河金がカツカレーを考案します。

昭和元年ホームカレー(現ハウス食品)が「即席ホームカレー」を発売しました。
昭和の戦中、英語が敵性語と見なされカレーは「辛味入汁かけ飯」と呼ばれました。

戦後オリエンタルカレーやキンケイなどから続々と即席カレーが発売され、1960年代になると固形ルーが一般化し、家庭で気軽にカレーが食されるようになりました。

ハヤシライス

デミグラスソースやトマトソースで薄切りの牛肉を煮込んでご飯にかけ日本独自の洋食です。実はカレーライスよりも歴史が古いのです。ルーツは諸説あります。「ハッシュ・ド・ビーフ・ウイズ・ライス」がなまったという説と、はやしさんが作ったライスという説があります。

はやしさんには2説あり、精養軒のシェフ林さんがまかないで作ったという説と、丸善の創業者早矢仕有的氏が従業員の夜食にふるまったという説があります。早矢仕氏の作ったものはドミグラスソースが日本に入る明治20年より前に作られており当時は醤油か味噌味だったようです。

丸善本店の店頭にはハヤシライスのルーツが掲げられています。

ビーフシチュー

日本の洋食店の元祖と言われる築地精養軒の支店の、上野精養軒の一番人気のメニュー。

デミグラスソースは1週間煮込んで作られています。

オムライス

元祖は東京の「煉瓦亭」、当時まかないとして出していた溶き卵にご飯とひき肉野菜を入れてオムレツ風に焼き上げたものです。

現代版ケチャップライスを薄焼き卵でくるんだオムライスの元祖は大阪の「北極星」。

高齢のお客様にオムレツとご飯を別々に出すことなく一緒にして食べやすく提供するために生まれた料理です。

エビフライ

※仮名垣魯文(かながきろぶん)

日本で初めてエビフライの調理法を記載したのは明治5年に仮名垣魯文の「西洋料理通」だと言われています。それによると殻をとってミンチにした伊勢海老にパン粉と卵などの衣をつけて溶かしバターで揚げ焼きにしたもののようでした。

車エビなど大ぶりのエビ1尾にパン粉の衣をつけて揚げた料理は、世界各国には見当たらず日本独自の料理とされています。最初にエビフライを考案したのは諸説あり、明治時代にカツレツと天ぷらから考案された説や西洋料理の魚のフライと天ぷらから考案された説、そして1900年に東京銀座の「煉瓦亭」がとんかつやメンチカツから着想して考案した説とあります。

現代では冷凍エビフライなども販売されて気楽に家庭でも食されるようになりましたが、人気ゆえに1970年代にはその衣の厚さが騒動となり、JAS規格で衣の重さをエビフライ全体の50%以下と定めることと基準が設けられるほどでした。

おこさまランチ

1930年日本橋三越が御子様洋食として提供したのに始まり、翌31年に上野松坂屋の大衆食堂でお子様ランチの提供が開始されました。

これよりのち、チキンライスやチャーハン、ふりかけご飯などの上に国旗を立て、ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、フライドポテトなどを子供が食べられる量で彩りよくワンプレートに盛り付けられ、おもちゃやお菓子ジュースなども一緒に供されるお子様ランチは長く愛され続けるようになります。

すっかり日本人に馴染んだ洋食、こんばんはお箸でいただくご飯とみそ汁とセットの洋食などいかかでしょうか?

 

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猫田茶々丸

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