トイレで起きた悲劇
現代のトイレは、快適に用を足すことができるように商品開発が進んでいる。
暖かい便座やウォッシュレット、自動でお掃除してくれるトイレ、自動で流れるトイレ、臭いをとってくれるトイレなど次から次へと開発されている。サービスエリアではまるでホテルの一室のような広々としたトイレがあり、広すぎて少し居心地が悪く感じるくらいだ。
筆者が幼い頃の我が家はいわゆる「汲み取り式トイレ」で、幼い私はトイレの穴を見て怖がったものだ。汚い話だが一度片足がはまってしまい大泣きした事がある。何かを落としてしまった時も悲惨で、泣きながら母に報告した苦い記憶がある。
古代中国、春秋時代にもこんな逸話がある。(※左伝)
晉国の君主・金景公がある食べ物を味見した。その後すぐにお腹に異変を感じて用を足すためにトイレに向かった。ところがあまりの慌てぶりに、なんと足を滑らせて用を足す穴に落ちてしまった。そして不幸なことに溺れ死んでしまったという。
それ以降、いかに安全に用を足すことができるか研究され始めたという。
尿瓶の始まり
その後、時代は過ぎて漢の時代。ある皇帝が朝廷に出かけるべく出発した。
しかし皇帝は出発してすぐに尿意をもよおした。「戻れ」と命令すれば一行は戻ったであろうが皇帝は時間を浪費したくなかったので、そのまま朝廷に向かうことにした。
そして家来の1人に言った。
「お前の帽子を貸せ」
その後は容易に想像できるだろう。皇帝は帽子の中に放尿したのである。しかしその様子を他の家来に見られてしまい、とても恥ずかしい思いをした。
この事件が起きてから一つのモノが開発された。携帯トイレ、つまり「ちょっと豪華な尿瓶(しびん)」である。
これは「虎子」と呼ばれ、虎の形をしていた。
虎の口の部分が開いていて、取手がついて持ちやすいようになっている。ほとんどは精銅で作られていたが、翡翠(ひすい)など高価な材質で作られた物もあったという。
皇帝付きの宦官は、常にこの「ちょっと豪華な虎の形をした尿瓶」を携帯していたのである。
なぜ虎の形だったのか?これにも小話がある。
前漢に李という名の将軍がいた。ある日、彼は一頭の虎を弓で射止めた。その後、彼は銅でできた虎の形をした尿瓶を作らせた。
虎に放尿する事で「人間の方が優位であり、力がある」と見せつける意味があったという。
馬桶
中国語では便器のことを馬桶(うまおけ)という。馬の桶とかいて便器のことを表すのである。
筆者も「なぜ馬がつくのか?」と以前から疑問に思っていた。
これも「虎子」と関係があるそうだ。
虎子が開発されてから、さらに時が過ぎ唐の時代。
唐の初代黄帝だった李淵の父親の名前は李虎であった。
「建国者の父の名前に虎が入っているではないか。虎の中に放尿するわけにはいかない」
そこで適当な動物を探したのである。
その結果が「馬」となり、以降中国語で便器は「馬桶」と呼ぶことになったとされている。
古代のトイレの臭い対策
トイレの臭い対策は現代では当たり前である。用を足した後にスプレーをふったり、芳香剤を置くなどして対策している。
では古代はどうだったのか?
中国の五胡十六国時代の軍人で王敦という将軍がいた。彼が皇宮で用を足そうとした時、トイレの中に乾燥したナツメグがあることに気がついた。
将軍は、きっと退屈しのぎに食べるために用意されていたのだと考え、一つまた一つと全て食べてしまったという。
その後、召使の女性がそれに気づくと堪えきれず大声で笑ってしまったという。実はそのナツメグは臭い対策で鼻に詰めるモノだったのだ。
この逸話から、古代中国においてもトイレの匂い対策はそれなりに行われていたことが分かる。
古代の人が現代のハイテクトイレを見たら、どんな反応をするだろうか?
どんなものにも歴史がありエピソードがある。トイレにも然り。とても興味深い。
この記事へのコメントはありません。