日本史の授業で「明治憲法は天皇主権、平和憲法は国民主権」と教わった記憶のある方は多いでしょう。
明治憲法とは「大日本帝国憲法」のことです。日本が近大国家として西洋列強に伍していくために制定され、昭和の敗戦まで使われていました。
一方の平和憲法とは「日本国憲法」のこと。敗戦後に日本を占領したGHQ(連合軍)によって作られ、押しつけられたものとされています。
そんな「日本国憲法」は、施行されてから一言一句改正されることなく、今日まで後生大事に使われています。
ところで明治憲法は、本当に天皇主権で天皇陛下が絶対的な権力を握っていたのでしょうか。
そもそも明治憲法は、原文を読んだことがある方も多くないのではと思います。
というわけで、今回は大日本帝国憲法の中から天皇陛下に関する部分(第1章 天皇。第1条~第17条)を読んでみました。
果たして天皇陛下は、何でも思い通りにできたのか、気になりますね!
天皇陛下の権利と義務
第1章 天皇
第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
【意訳】大日本帝国(以下、日本国)は万世一系の天皇陛下が統治します。
【コメント】統治するのは天皇陛下ですが、好き勝手していいとは書いていません。
第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
【意訳】天皇陛下の位は皇室典範が定める通り、男性の皇子孫が受け継ぎます。
【コメント】これは現代も同じですね。
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
【意訳】天皇陛下は神聖な存在ですから、お互いに干渉してはいけません。
【コメント】これは最も誤解を招く表現なので、少し解説を加えましょう。
これは、私たち臣民が天皇陛下を穢してはいけないのと同時に、天皇陛下もご自身を穢されることのないよう、原則的に世俗の政治に干渉してはならない、という意味です。
天皇陛下の神聖さは、たとえ天皇陛下ご自身であっても穢してはならないという制約が課せられています。
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
【意訳】天皇陛下は日本国の元首として、国内の政治を総攬されます。その方法は憲法の規定に従わなくてはなりません。
【コメント】総攬とは「手に取るように詳しく見る」という意味。具体的な統治≒政治の実務については閣僚や官僚に任せ、天皇陛下はそれを総攬の上で承認されます。
天皇陛下であっても、憲法に違反することは許されません。
第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
【意訳】天皇陛下は帝国議会(国会)の協賛を得なくては、立法権を行使できません。
【コメント】国会は制約こそあれ国民から選ばれています。なので天皇陛下の立法権はすなわち国民あってと言えるでしょう。
第6条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
【意訳】天皇陛下は法律の成立を認め、公布と施行を命じます。
【コメント】国会で決まった法律を、天皇陛下が気に入らないからと却下することは基本的にありえません。
第7条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス
【意訳】天皇陛下は国会を召集し、開会・閉会・停会・解散を命じます。
【コメント】これは現代の国会にも、一部名残がありますね。ちなみに召集は天皇陛下が勅命によって召し集めること、招集は勅命によらず招き集めるという違いがあります。
第8条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
【意訳】国会が機能しない・開く余裕がない緊急事態に限り、天皇陛下は法律に代わる勅令を発することが可能です。ただし国会が承諾しなかったり国会が再開された場合は勅令が無効となります。
【コメント】これは緊急事態にかこつけて、天皇陛下が暴走することを防ぐ条文です。
第9条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス
【意訳】天皇陛下は、法律を補完して社会秩序の維持や国民の幸福増進に必要な範囲で命令を発することが出来ます。ただし命令によって法律を変えることはできません。
【コメント】最初から法律を整備しておいた方がよさそうですが、不備があった場合に天皇陛下が補完した事例はあったのでしょうか。
第10条 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル
【意訳】天皇陛下は官僚システムや文武の役人給与を定めたり、人事決定を下します。
【コメント】基本的にはすべて法律でしっかり定めているので、あまり発動する機会はなさそうです。
第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
【意訳】天皇陛下は陸軍と海軍の最高指揮官です。
【コメント】旧軍に空軍はありません。陸軍と海軍それぞれに航空隊がありました。
第12条 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
【意訳】天皇陛下は陸軍と海軍の部隊編成や人数などを定めます。
【コメント】実際にいちいち口は出さず、当局の決定を承認する形でした。
第13条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス
【意訳】天皇陛下は宣戦布告や和平交渉、その他国際条約を締結します。
【コメント】言うまでもなく名義を使うだけで、当局が実務を担当しました。
第14条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス
2 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
【意訳】天皇陛下は戒厳令を発することができます。具体的な発動条件や内容は法律で決めます。
【コメント】これも戒厳令にかこつけて天皇陛下が暴走しないよう、法律で細かく決められました。
第15条 天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス
【意訳】天皇陛下は叙爵や叙勲など、国民に栄典を授与します。
【コメント】これは現代も同じですね。
第16条 天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス
【意訳】天皇陛下は恩赦によって刑罰の減免や剥奪されていた権利の回復を命じます。
【コメント】これも現代に通じますね。
第17条 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル
2 摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ
【意訳】天皇陛下を補佐するために摂政を置く時は、皇室典範に基づいて行います。摂政は天皇陛下の御名によってその大権(大いなる権利)を行わねばなりません。
【コメント】天皇陛下が未成年なら摂政、成人していれば関白といった使い分けはないようです。
また、摂政はあくまで天皇陛下を補佐するために大権を行使しているのであって、決して摂政が天皇陛下と同等ではないことに注意しましょう。
終わりに
今回は、大日本帝国憲法の天皇陛下に関する部分を原文で読んできました。
よく第3条の
天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
(天皇陛下は神聖な存在であるから、その神聖さを穢してはなりません)
という条文を持ち出して「天皇陛下を絶対神として崇拝していたのだ」なんて言い出す方がいますが、神聖であることと神格は必ずしもイコールではないのです。
また天皇陛下ご自身が「天皇陛下」という神聖なお立場を損なわれないよう、行いを慎まねばなりませんでした。
天皇陛下は私利私欲で国民(当時は臣民)を搾取・弾圧する存在ではなく、国民を見守られる尊いお立場であることは、昔から今もこれからも変わりません。
常に日本の国民と寄り添い、共に幸(さきわ)い続けた天皇陛下と皇室に関する誤解が、少しでも解けたら嬉しいです。
参考 : 『大日本帝国憲法』
これは個人の解釈であって、事実とは言い難い。
この文章を読むと筆者の書いてある事が正しいと捉えられる。これは間違い。
個人の解釈と書くべきである
明治憲法の第9条関連で言えば、学校関連の法規は基本的に勅令で整備されました。
小学校令/国民学校令・中学校令・高等女学校令・実業学校令・高等学校令・専門学校令・大学令などが現在の学校教育法に相当します。
また、徴兵令など軍事関連の法規にも勅令で定めたものがあります。
俗に、議会の政争でコロコロ変わっては困りそうな分野の法規を勅令とした、とも聞きます。