朝ドラ『虎に翼』では、寅子の学友たちが再登場。それぞれが新しい道を歩み始めていますが、未だ姿を見せないのが華族令嬢の涼子さまです。
敗戦後、華族制度が廃止されたため、彼女は混乱の渦中にあるのかもしれません。
今回は、華族令廃止後、元華族の女性たちはどのように生きたのか。彼女たちの奮闘ぶりについて見ていきたいと思います。
華族制度の廃止
昭和22年5月3日、日本国憲法の施行にともない華族制度は廃止されました。
924家およそ6000人の華族が終焉を迎えることになるのですが、華族にとって爵位返上以上に大きな打撃となったのは、財産税の適用です。
昭和21年11月に施行された財産税は、10万円を超える財産を保有する個人に対して1回限りで課税されました。
税率は25%から90%と累進性が採られ、10万円未満が非課税、500万円から1500万円未満が85%、1500万円以上は90%でした。
これによって、旧大名家や旧財閥系の資産家華族は、財産の大半を失うことになります。
課税率の高さから物納が認められたため、彼らの多くが邸宅や別荘を手放しましたが、こうした生活の急変に戸惑う人も少なくありませんでした。
徳川宗家公爵家令嬢として育ち、上杉伯爵家に嫁いだ上杉敏子さんもその一人です。
戦時中、彼女は山形に疎開していましたが、戦後、財産税や富裕税など何重にも税金を取られ、東京の邸宅を物納しました。
財産のほとんどを占めていた田畑は、農地改革の際、不在地主ということで取り上げられ、収入はご主人が働いていた山形師範学校の給与だけでした。
米沢から取り寄せていたお米も「元殿様が闇行為をしてはいけない」と禁じられ、遠く離れた農家まで荷物を背負って買い出しに行く生活で、子どもたちに着るものを与え、食べさせることで毎日精一杯だったそうです。
それまで箱入り娘として育ってきた自分には、この先どう生きていったらよいのか皆目分からなかったと後に敏子さんは語っています。
水商売で苦境を乗り切った、酒井伯爵夫人
華族制度の廃止によって、特権と生活基盤を失った名門華族の夫人や令嬢たちは「たけのこ生活」で、糊口をしのいでいました。
「たけのこ生活」とは、たけのこの皮を1枚ずつはぐように、手持ちの古着や家財などを売りに出して食いつなぐ生活のことです。
そんな中、新しい時代を自分自身の力で生きぬいた女性もいました。
前田利為侯爵の長女で酒井伯爵家夫人の美意子さんは、占領軍に接収された邸内を改造し、占領軍相手のクラブを経営。蓄財に成功しています。
戦後、酒井家の邸宅がGHQに接収され立ち退き命令を受けたとき、美意子さんは屋敷の半分を自分たち家族に使わせてくれと願い出ました。
願いは聞き入れられ、広い屋敷でGHQとの共同生活が始まりましたが、彼女は宝石や衣類を売って米や赤ちゃんのミルクを買うという、綱渡りのような日々を過ごしていました。
ある日、夫の酒井忠元さんが言った
「戦争に負けたぐらいのことで、簡単に没落するわけにはいかんのだ」『元華族たちの戦後史』
という一言で、美意子さんは覚醒します。
酒井家のご先祖様は、徳川四天王の筆頭・酒井忠次。
「先祖代々受け継がれてきた家を、たかが戦争に負けたくらいで潰すわけにはいかない」という確固たる思いが湧いてきたそうです。
彼女は壁一枚隔てたGHQのクランシー少将の元を訪れ、「庭のアトリエを改築してクラブを経営すれば必ず儲かるから、酒と食べものとレコードを入手して欲しい」と少尉に直談判しました。
交換条件は、酒井家の国宝級の美術品の献上でした。
取引はうまくいき、80坪のアトリエは、米兵の手でバーやステージのあるクラブに変わります。
もともと水商売をしたいと思っていたという少尉は、クラブ経営にとても乗り気で、酒や肴をふんだんに調達し、レコードや蓄音機も手配してくれました。
お手伝いには元華族令嬢の美人どころをそろえ、週末の書き入れ時には、慶応大学の学生だった弟のジャズバンドに演奏を頼みました。
美意子さんはといえば、応接間のビロードのカーテンで作ったスカーレット・オハラばりのイブニングドレスを身にまとい、怪しげなカクテルを作ったり、闇成金たちとジルバやマンボを踊ったりして、堂々とクラブの女主人を務めました。
店には米兵の他、新興成金、芸術家、芸能人、政治家などが大勢やってきて、経営は大成功。恐ろしいほど儲かったそうです。
美意子さんは己の才覚で苦境を乗り切った、たくましいお姫様だったのです。
自身の才能で新時代を生きた、元華族の女性たち
酒井美意子さん以外にも、福岡県柳川市の料亭旅館「御花」の女将として成功した立花子爵令嬢の文子さんや、蜂須賀服飾学園を開校し、自ら講師をつとめた蜂須賀侯爵家の令嬢・年子さんなど、自身の才能を開花させ、新時代を生き抜いた数多くの女性がいました。
女優の久我美子さんも侯爵家に生まれた華族でしたが、家庭の窮状を救うため、昭和21年、第一期東宝ニューフェイスに合格し女優として大成しています。
敗戦後、財産没収や身分剥奪という憂き目にあった元華族の女性たちでしたが、華族制度がなくなった時、彼女たちの多くが解放感をおぼえたと言います。
『虎に翼』の涼子さまは、果たしてどんな道を選んだのでしょうか?彼女の再登場に期待したいと思います。
参考文献
小田部雄次『華族家の女性たち』.小学館
華族資料研究会編『華族令嬢たちの大正・昭和』.吉川弘文館
酒井美意子『元華族たちの戦後史』.主婦と生活社
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