人気故に豊富な珍説
恐竜の王として名高いティラノサウルス・レックス(T-REX)は、その知名度と人気から、多くの珍説が生まれている。
今回は、T-REXにまつわるいくつかの珍説を紹介しよう。
衝撃のゴジラスタイル
ある意味一番有名なネタであり、ご存知の方も多いとは思うが、T-REXの珍説を語る上で避けて通れないのは「姿勢の変化」だ。
これはT-REXに限った話ではないのだが、昔の恐竜は尻尾を地面に着けて引きずったような描写がされていた。T-REXやイグアノドンといった二足歩行の恐竜は、尻尾が地面に着いているのはもちろん、直立した姿勢が違和感しかない歩きづらそうな姿だった。
これは通称「ゴジラ立ち」として有名だが、このゴジラスタイルも1980年代まで一般的だった事に驚かされる。
しかし、尻尾を引きずった形跡が発見されなかったことや、この姿勢が歩行に適さないことから、現代ではT-REXは頭部、背中、尻尾を水平にした「吊り橋スタイル」が一般的になっている。
その認識を大きく変えたのは、やはり1993年に公開された映画『ジュラシックパーク』だろう。
映画のT-REXは吊り橋スタイルで登場しており、観客及び視聴者に新たなT-REX像を見せてくれたが、シリーズが進むに連れて映画内でもT-REXに関する姿と学説は変化している。
T-REXは走れない?
車で逃げる人間を猛スピードで追って恐怖を味わわせたT-REXだが、本当にあのスピードを出せたのだろうか。
筆者の小学生時代の愛読書である『恐竜サウルス!』には「短い距離なら時速30キロの速さで走る事が出来た(人間は全力で走っても時速25キロ)」と書いてある。
ただ、これは1993年の学説であり、研究が進んだ今日ではT-REXのスピードに関する説は大きく変わっている。
古生物学者ウィリアム・セラーズが2017年に発表した研究によれば、T-REXの脚は時速19キロ以上の速さに耐えられず、脚の骨がバラバラになりかねない物理的な限界があり、速く見積もっても時速27キロ程度しか出せないという。
つまり、T-REXが映画のように猛スピードで走ることは不可能であり、人間を恐怖に陥れた映画の名シーンも間違いだったということになる。
後の研究で否定されるのは仕方ないが、安心感と同時に一抹の寂しさを覚える、何とも言い難い気持ちになった。
T-REX羽毛説
20世紀末に羽毛恐竜が発見され、T-REXとともに映画でブレイクを果たしたヴェロキラプトルが羽毛恐竜の代表格となってから、いつしか「T-REXにも羽毛があったのではないか」という説が囁かれるようになった。
また、T-REX羽毛説に拍車を掛けたのが、2006年に中国で発見されたグアンロン(冠竜)の存在だった。
ジュラ紀に生息したグアンロンは、ティラノサウルス上科のプロケラトサウルス科に属し、T-REXに直接進化したわけではないが、ティラノサウルス科との関連性がある。
そのグアンロンに羽毛が確認された事と、恐竜が鳥に進化した事もあって、T-REXにも羽毛があるという説が生まれたのだ。
そこからはニワトリのようなモフモフT-REXが描かれるなどネットのおもちゃとなり、T-REXの恐竜の王としてのプライドが傷付けられる事になってしまったが、ここで救世主が現れる。
2017年、カナダ・アルバータ大学生物科学部の研究者スコット・パーソンズはT-REXの皮膚を調べ、アルバートサウルス、ダスプレトサウルス、ゴルゴサウルス、タルボサウルスといった他のティラノサウルス科の恐竜と比較した。
そして共通点として確認されたのは、羽毛ではなく鱗だった。
ただし、T-REXが羽毛恐竜ではないという事は証明されたが、羽毛が痕跡として残る事はほとんどないため「T-REXに羽毛が一切なかった」と断言する事は出来ない。
また、幼体のT-REXには羽毛があり、成長とともに次第に抜けていったという説も時折見かけるが、絶対にあり得ないと否定することはできないものの、羽毛の痕跡が発見されたことはないため、現時点ではこれも想像の域を出ない珍説である。
ちなみに、祖先に羽毛があったため、その名残として背中にモヒカンのような羽毛が存在するイラストが描かれることもある。
いずれにせよ、少なくとも身体の大部分が鱗に覆われていたことが証明されたため、ネットのおもちゃと化していたT-REXは無事に恐竜の王としてのプライドを取り戻すことに成功した。
アップデートは続く
今回はT-REXに纏わる珍説を紹介したが、T-REXの情報のアップデートは絶えず続いており、新説、もしくは珍説によって新たなT-REX像が生まれている。
新説にもワクワクさせられるが、個人的には突拍子もない珍説も好きなので、今後もT-REXに注目したい。
『ジュラシックパーク3』でティラノサウルスをも倒す新たな肉食恐竜として登場したスピノサウルスが、現在では比較的短い四肢を持ち、四足歩行気味で魚食を好むワニ同然の生態だと推定されている。初めてそのイメージ図を見たときは驚きを隠せなかった。