安土桃山時代

『無銭飲食から32万石の大名へ』 貧乏武士だった藤堂高虎の「出世の白餅」の逸話とは

出世の白餅

画像 : 藤堂高虎 public domain

出世の白餅」という有名な逸話がある。主人公は、戦国武将の藤堂高虎だ。

高虎は、近江出身の戦国武将で築城名人としても知られ、主君を何度も変えたのちに大名まで出世した。

そんな高虎は、元々は農民のような生活をしていた下級武士で、生活は安定していなかった。
しかも190cmを超える大男で、赤子の頃から大喰らいだったという。そんな人物が空腹を我慢できるはずもない。

今回は、無銭飲食をしてしまった高虎と、彼に粋な対応をした餅屋のエピソードをご紹介する。

大喰らいだが貧乏だった藤堂高虎

画像:出身地に残る在士高虎公園 wiki c Opqr

藤堂高虎は、近江国犬上郡藤堂村に生まれた。父は藤堂虎高(とらたか)、母はとらで、次男だった。

一説には名家だったともされるが、高虎が生まれた頃は裕福ではなかったようだ。
父の虎高は一時期、武田家に仕えていたが、その後、武田家を離れ近江に流れ着いたとされる。

高虎は、生まれつき大きな体格で、乳母の乳だけでは足りず、数人の女性から乳をもらい育ったというエピソードもある。

兄を戦で失った後、家督を継いだ高虎は、浅井家に仕えるも殺傷事件を起こして出奔。

その後、浅井家縁の武将に何人か仕えたが、どれも長続きしなかった。
そうして高虎は放浪し(東に向かっていたという説もある)、どんどん困窮していった。

優しい餅屋の対応

画像:丸餅 イメージ

ある日、困窮した高虎は、三河国の吉田宿にたどり着いた。

持っていた路銀も底をつき、空腹に苛まれていた高虎の目に、美味しそうな餅屋が映った。
そして、我慢しきれず店先に並ぶ餅に手を伸ばし、次々と口に運んでいった。ついには店の餅を一つ残らず平らげてしまったのである。

満腹感に包まれた高虎は、正直に餅屋の主人に告げた。「申し訳ありませんが、代金を持ち合わせておりません」
そして深く頭を下げ、心から謝罪した。

高虎は当然、怒られるものと思っていたが、予想外にも餅屋の主人の反応は違った。

「自慢の白餅を、これほど見事に召し上がられるとは、餅屋冥利につきます」と、主人は微笑みながら言ったのである。

餅屋の主人、中西与右衛門(または吉田屋彦兵衛、笹井屋彦兵衛とも伝わる)は、高虎の話をじっくりと聞き、その境遇に同情した。

そして、「故郷に戻り、親孝行をしなさい」と優しく諭し、餅代を請求するどころか、なんと近江まで帰るための路銀までも高虎に渡したという。

出世の象徴である「白餅」の旗指物

画像:藤堂高虎の旗指物(右) wiki c 立花左近

藤堂高虎の旗指物は、紺地に白い丸が三つ縦に並んでいる。

この白い丸は「白餅」を象徴しており、「三つ丸餅」とも呼ばれる。

あの餅屋の恩を忘れないために、高虎が旗指物に採用したとされている。

また、いつか大名となり「城持ち」となることを夢見た、その願いを象徴するものとして用いられたという説もある。

大名になった高虎の出世払いと感謝の気持ち

画像:藤堂様御国入行列附版画 public domain

江戸時代になった頃、高虎は伊勢・伊賀32万石の大名となっていた。「城持ち」になっていたのである。
そればかりか、「築城名人」としても名を馳せ、広く知られる存在となっていた。

そして餅屋は、まだその地で餅を売っていた。

ある日、藤堂家の参勤交代の行列がその餅屋の前を通りかかった際、行列が突如として立ち止まった。驚いた餅屋の主人、中西与右衛門が顔を上げると、そこに立っていたのは、かつての貧乏武士から大名へと出世を遂げた高虎であった。

高虎は与右衛門に近づき、かつて無銭飲食をした際の礼を丁重に述べ、その後、餅を買い求めて家臣たちに振る舞った。

高虎は恩を忘れておらず、出世払いで恩返しに来たのであった。

それから藤堂家は参勤交代のたびに、その餅屋で餅を買い続けたという。

「出世の白餅」史実と創作の狭間

画像:藤堂高虎像 ※筆者撮影

この逸話は、藤堂家の家老である中川蔵人の日記に「三河吉田宿中西与右衛門方にて餅を喰うは習わし也」と記されている。

しかし、全てが史実というわけでもないようだ。

中西与右衛門の店の屋号は「清洲屋」という。
「清洲屋」は、織田信長に仕えた初代が本能寺の変の後に浪人し、吉田宿で酒丼屋を営んだものとされている。つまり、本能寺の変以前には店は無かったということになる。そして、高虎が放浪していたのは本能寺の変よりも前であることから、矛盾が生じるのだ。

それでも、当時の家老の日記に残されている以上、全てが創作というわけでもないだろう。
日記には「高山様(高虎)が召し上がられた頃より連綿」とも記されており、史実と創作が交錯するところに、この話の魅力があるのかもしれない。

おわりに

画像:笹井屋のなが餅 public domain

この「出世の白餅」の逸話は、その後、講談や浪曲になった。戦前には映画化もされたという。

現在でも「出世の白餅」にちなんだ餅を売る店がいくつかある。
有名なのは笹井屋の「なが餅」で、1550年創業の老舗である。高虎が1556年生まれなので、高虎が食べた餅と同じ味の可能性もある。

この逸話は長く人々に愛され、伝わってきた。
何年経っても恩を忘れず、恩返しをする律儀なところが、高虎を大名まで出世させた要因だったのかもしれない。

参考:『藤堂高虎公と遺訓二百ヶ条』『戦国人物伝 藤堂高虎』『歴史街道2017年7月号』
文 / 草の実堂編集部

 

アバター

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 不気味な『目玉』の怪物たち 〜目に宿る神話と妖怪伝承
  2. 島津義久 〜それぞれ優秀な弟たちを束ねた島津4兄弟の長兄
  3. 『大正三美人』九条武子 ~女子教育家・歌人として慈善事業に捧げた…
  4. 【温泉旅行】湯守って何する人?歴史や待遇など素朴な疑問を調べてみ…
  5. 『豊臣秀頼の本当の父親は誰なのか?』治長か山三郎か三成か?その謎…
  6. 樋口定次(又七郎)【木刀で岩を真っ二つに割った馬庭念流中興の祖】…
  7. 【光る君へ】 三条天皇の眼病は怨霊の祟り?『大鏡』を読んでみた
  8. 『古代中国の流刑罪』罪人たちが送られた過酷すぎる死地とは? 〜零…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

日本人には馴染みの少ない中国の民族区域自治 【少数民族政策】

民族という感覚私たち日本人には民族という感覚があまりないように思う。なぜなら日本人の大半は大…

【光る君へ】男児を産めない重圧…道長の四女・藤原威子(栢森舞輝)とはどんな女性だった?

道長の四女藤原 威子(ふじわらのたけこ)栢森 舞輝(かやもり・まき)藤原道長の四女。…

「お札の顔」 日本銀行券の肖像になった偉人たち 【22名一挙解説】

令和6年7月3日、13年ぶりに新たな日本銀行券が発行された。新紙幣の「顔」として選ば…

『難攻不落の美女』女好きな皇帝ナポレオン3世が虜になった貴族令嬢、ウジェニーとは

ナポレオン1世の甥にあたり、フランス第二帝政の皇帝として君臨したナポレオン3世こと、ルイ=ナ…

高校野球(甲子園)を哲学する 「正しい負け方を習得する」

今年も盛り上がった高校野球今年の全国高校野球(甲子園)は、慶應高校の見事な優勝で幕を閉じ…

アーカイブ

PAGE TOP