大正&昭和

戦前の怖い社会の裏側を教えてくれる『社会裏面集』 〜インチキ広告、カフェ女給の裏側

連日メディアで取り上げられている「特殊詐欺」。

いつの世にもだます人、だまされる人はいるもので、そんな不穏で険呑な世の中をうまく渡って行くには、社会の裏面を知らなければいけないと説いたのが『社会裏面集』です。

昭和11年に出版された『社会裏面集』は、社会経験の浅い学生や主婦など、世事に疎い人々が馬鹿を見ることのないように、花柳界から金融業界、産婆から議員まで当時の各種業界・業者の裏面を暴露しており、まさに「学校では教えてくれない世間学の辞典」となっています。

今回は『社会裏面集』から、戦前社会の裏面を一部ご紹介します。

インチキ広告の裏面

社会裏面集

画像 : 社会裏面集 斎藤裏道 著 国立国会図書館デジタルコレクション public domain

現代でも問題となっている虚偽広告は、実は戦前にも多くありました。

特に、ご婦人をターゲットとした広告が多かったようです。

・「文筆派出社員募集 有識有閑婦人にて、高女卒以上、三十歲以下、美貌の方は最も有望 〇〇郵便局留置」

新聞の案内広告欄に掲載されるこの手の広告は、十中八九詐欺であり、

「有識有閑で美貌の婦人が、まさかこの手に引っかかるまいと思われるが、事実はこうではない。やはりこうした広告に釣られる者が多いが、これは入会金を取られた上、貞操まで台無しにされて放り出される。」

と注意喚起されています。

・「女優大募集 撮影所専属男女優見習実演研究生 即日採用生活安定 紹介四十銭送れ」

すぐに詐欺だと分かりそうなものですが、この種の広告は毎日のように新聞に出ていました。

申込んだ者がどうなるかというと、講習料や入会費などという名目で金を巻き上げられたうえ、監禁されて貞操を奪われ、泣きの涙で逃げ出すのがオチだそうです。

・「婦人相談相手 当方社会的地位ある者、生活に悩む婦人の相談に応ず」

社員、女優募集の次は、悩み相談です。「当方社会的地位ある者」というところからして胡散臭いのですが、

「おおよそ何を目的としているかくらいは、普通の常識を備えたものなら判るはずなのだが、やはりこんなのにも釣られて馬鹿を見る夫人がかなりいるらしい。」

と綴られています。いつの時代も人の悩みにつけこむ輩は存在したのです。

・「内職婦人募集 新案家庭内職 誰にも出来る収入確実 来談もしくは詳細郵券三銭切手送れ」

3日に一度くらいの頻度で出ていた広告だそうです。

応募者に5円から10円でおもちゃのような機械を買わせて仕事を与えるのですが、もともとインチキな機械のため使い物にならず、納品しても「仕事の出来が悪い」とかなんとか文句を言って、仕事を与えないという詐欺でした。

この手の内職商法は、在宅ワーク詐欺として現在でもよく見られます。

画像 : 腕時計(ローレル)イメージ wiki © Faustine seiko

その他、通信販売の虚偽広告も多く、一例を挙げると「手紙の文例の本を買うと、腕時計の景品がついてくる」というものがありました。この新聞広告には、黒い紐とネジ、文字盤のついた時計の写真も掲載されていました。

1円50銭で本が買えるうえ、当時どんなに安くても2円か3円はする時計までもらえるという話を真に受けて、申し込む人も多かったようです。

しかし、よくよく調べてみると景品は時計ではなく時計型方針。時計の形をした方位磁針だったのです。
そして、広告に掲載されている時計の実物写真のそばには、虫眼鏡でなければ見えないくらいの活字で「時計型方計」と書いてあるのです。

“針”ではなく、わざと“計”としているところが詐欺師のテクニックなのでしょうか。

著者は、「全国の諸兄よ、新聞広告に用心用心」と締めくくっています。

「カフェー女給」の裏面

画像 銀座のカフェー・タイガー(円内)とカフェ・クロネコ public domain

カフェーの女給は基本無給で、収入源は客からのチップのみでした。

大抵住み込みで食費は主人がもってくれるものの、その他の衣装代、髪結い代、化粧料等はすべて自腹だったので出費も多く、彼女たちはなんとか良い客を捕まえようと必死でした。

客からチップをもらうために酒や料理をせっせと運び、心にもないお世辞と笑顔を振りまきます。

特に経験を積んだ女給は男を丸め込むくらいは朝飯前。さらに器量よしの女給に近付こうとする男は無数にいるので、それらの男をうまく操りさえすれば、金はいくらでも手に入るというわけです。

一方、男の方はといえば、そんなお世辞にコロリとまいってしまい、

「あの女は俺に気があるのかもしれない、きっと俺の男っぷりに惚れているのだろう、などと考えてほくほく喜ぶものだ」

そうで、女給の歓心を買うために多額のチップを与えたり、彼女の好きそうなものをいろいろ買ってやったりするのです。

女給は女給で、心では嫌なお客だと思っても、お金のためにはつれなくするわけにもいかず、お酌の一つも余計にしたり、手くらいは握ったりしたそうです。

「それをいい気分になって天下の色男は俺くらいのものだと思ったら、とんだ馬鹿を見るのだ。同様なことは、すべての男に対してやっているのだから油断は禁物」

であり、殿方がカフェーのようなところに行くなら、

「金は浪費しなくても良いが、チップだけはきれいに置いてくることだ。チヤホヤされ、大いに歓迎されるばかりか、女をものにすることもできるというものだ。」

と結んでいます。どうやら地獄の沙汰も金次第のようです。

議員屋の裏面

画像 東京府庁 public domain

1947年の地方自治法が施行されるまで、議員は名誉職とされ、報酬がありませんでした。

一定の歳費は支給されるのですが、それだけで生活していくことはできないため、本業を持っていなければ議員にはなれません。

しかし、実際には仕事を持っていない者が多く、また持っていても金が必要になるので、利権をあさるなどして悪事に手を染め、新聞に報じられる議員が絶えないという有様でした。

そもそも普段から贅沢三昧な生活をし、選挙のたびに多額の金を使っている議員の収入は、いったいどこから出て来るのか。
何か利権に絡むような悪い事をしなくては、それだけの金を得ることはできないだろう、と著者の斎藤氏は述べ、こうした醜態の原因は情実選挙によるものだと指摘しています。

特に各種工事の請負業者と結託して利権をあさり、私腹を肥やしているのは東京の府会議員と市会議員で、「実にありとあらゆる事柄に問題を起こし、どしどし刑務所入りをやっている」そうです。

しかし、こうした事態に対して著者は、

「これは本人等ばかりが悪いのではない。実際選挙人諸君も悪い。何とかお互いに自覚し目覚めて充分その人となりを研究して選挙したいものだ。」

「歳費のみをあてにして外から収入のない様な者を議員屋という。また職業政治屋ともいう。こんなものを諸君選んではいけない。」

と、喚起したうえで、

「議員屋の裏面もこんなものだから、選挙粛正のヤカマシキ今日充分に注意を要する。」

と述べています。

今回は、戦前社会の裏面を垣間見てきましたが、戦前から現代へと時代が変わっても、人間のやることというのは、そう変わらないと言えそうです。

参考文献:斎藤裏道 著『社会裏面集』,社会研究会,昭和11. 国立国会図書館デジタルコレクション
文 / 草の実堂編集部

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