事件史

Netflixドラマ『地面師たち』の元ネタになった 「積水ハウス地面師詐欺事件」とは

積水ハウス地面師詐欺事件とは、2017年に発覚した不動産詐欺事件で、日本の大手住宅メーカー、積水ハウスが被害を受けたものである。

詐欺の総額は約55億円に及び、国内の不動産取引における詐欺被害としては前例のない規模であった。

この事件は、いわゆる「地面師」と呼ばれる詐欺集団が、巧妙な手口で積水ハウスを騙し、多額の金銭を不正に取得したことにより、大きな社会的衝撃を与えた。

2024年7月25日にNetflix(ネットフリックス)で配信されたドラマ「地面師たち」は、大きな反響を呼んだが、このドラマの元ネタとなった事件である。

今回は「積水ハウス地面師詐欺事件」についてわかりやすく解説する。

地面師とは?

積水ハウス地面師詐欺事件

画像 : イメージ 草の実堂作成

地面師とは、他人の土地や建物を「自分のもの」だと偽って売ろうとする詐欺師のことを指す。

地面師たちは、巧妙に書類を偽造し、他人の不動産を自らの所有物であるかのように装って売却を試みる。その手口は、売買契約が成立するまで正当な取引に見えるため、買い手は詐欺であることに気づかず、多額の金銭を支払ってしまう。

当然、土地や建物の本当の所有者は別に存在し、詐欺行為で結ばれた契約は無効である。
本当の所有者が遠方に住んでいる場合や、管理が手薄な場合に、こうした詐欺行為が発生することが多い。

一旦契約が成立し、多額の金銭が支払われると、地面師たちは姿を消し、後に被害者が真実に気づいた時にはすでに遅い。

積水ハウスも、まさにこの巧妙な手口に陥ったのだ。

積水ハウスが騙された経緯

積水ハウス地面師詐欺事件

画像 : 事件の舞台となった海喜館 wiki c LIBOR

この詐欺事件の舞台となったのは、東京都品川区五反田にある「海喜館」という廃業した旅館である。

五反田駅近くの好立地に位置するこの旅館は「時価100億円」ともいわれ、多くの不動産業者から注目されていたが、所有者は売却を一貫して拒否していた。

2015年に旅館が廃業した後も、所有者の姿勢は変わらなかった。

この状況に目をつけた地面師グループが、偽の所有者を装い、積水ハウスに土地を売却する計画を立てたことが事件の始まりである。

偽装された売買契約の成立

2017年4月、地面師グループは「海喜館」を転売するための中間買主を見つけ、最初に証拠金として2000万円を受け取った。

その後、積水ハウスに対して「所有者が急いでいる」「他にも購入希望者がいる」として取引を急がせた。
所有者になりすました人物は、偽造されたパスポートや印鑑証明を提示し、積水ハウスに信頼させた。

4月24日、積水ハウスは70億円で土地の購入契約を締結し、14億円の手付金を支払い、残金は後日支払う形で契約を進めた。

仮登記と支払いの完了

6月1日、積水ハウスは契約に基づいて残金49億円を支払い、手付金を含めた63億円の支払いを完了させた。所有権移転の仮登記も終わり、取引は順調に進んでいると思われた。

しかし、6月6日に法務局から本登記の却下通知が届く。

積水ハウスが調査を開始した結果、偽の所有者(地面師)から土地を購入していたことが判明した。
地面師たちによる巧妙な詐欺に引っかかったことが、ここで明らかになったのだ。

詐欺の発覚とその後

画像 : 積水ハウスが入居する梅田スカイビル wiki c Inoue-hiro

積水ハウスは、6月9日に新宿警察署に被害届を提出したが、当初は受理されなかった。
その後、9月に警察庁で正式に刑事告訴が受理され、捜査が開始される。

詐欺が発覚した同年6月24日、元の所有者が死亡し、所有権は実弟2人に移転。

7月4日には正式に登記され、積水ハウスの仮登記は無効となり、損害額55億5千万円が確定した。

地面師たち

画像:地面師たちロゴ public domain

この事件の主犯格である2人の地面師、UとKは、どちらも不動産詐欺の世界で名の知れた人物だった。

彼らは巧妙な手口で地面師詐欺を行い、多くの不動産事件に関与してきたとされている。

・Uについて

Kより少し年上で、不動産詐欺においては多くの経験を持つ人物である。Uは「マイク」という名で知られており、過去には「池袋グループ」と呼ばれる地面師集団を率いていた。

地面師グループは、なりすまし役を見つける「手配師」、偽造文書を作る「印刷屋」、振込口座を準備する「銀行屋」、法的手続きを担当する「法律屋」など、細かく役割を分担して詐欺を実行する。

Uは、こうした計画の中心に常に位置し、犯行を指揮してきたとされている。

Uはこの事件で「海喜館」の所有者であるS子に接近するために、彼女の旅館横の駐車場を借りたいと持ち掛け、賃貸契約を交わした。
この接触を通じて、UはS子の個人情報を入手し、彼女の印鑑証明や住民票、さらには生年月日や連絡先といった情報を手に入れ、詐欺の準備を進めていた。

・Kについて

国士舘大学を中退後、広告業に携わり、不動産業界に興味を持つ。
30歳頃から不動産取引を始め、売り主と買い主の仲介で手数料を得たり、自ら物件を購入して転売するなどして利益を上げていた。

新橋周辺の喫茶店やスナックに集まる「事件屋」と呼ばれる詐欺師たちの間でも知られていた。

事件当時、Kの年収は2,000万円ほどで、銀座の高級クラブでの散財やゴルフを楽しむ生活を送っていたという。

事件の結末

事件後、積水ハウス内では大規模な内部問題が表面化した。
2008年4月以来続いていた「和田会長-阿部社長」体制に亀裂が生まれ、お家騒動となった。

詐欺事件を受け、和田会長は阿部社長の解任を要求したが、取締役会で否決される。その後、逆に阿部社長が和田会長の責任を追及し、和田は辞任に追い込まれた。

この内紛が公にされると株価は下落し、積水ハウスは70歳定年制や女性社外役員の登用などガバナンス改革に着手した。

最終的に、阿部会長も2021年に退任し、特別顧問に就任した。

さいごに

積水ハウス地面師詐欺事件は、大規模な取引においても詐欺のリスクが常に存在することを示す事例となった。

地面師グループの手口は非常に巧妙であり、企業や個人がどのように詐欺に対抗していくかという課題も浮き彫りになった。

今後、技術の進展に伴い、偽造書類の検出や取引の透明性を確保するためのシステムの構築が急務とされている。

参考 : 『地面師たち』『総括検証報告書公表版』他

 

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草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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コメント

  1. アバター
    • 名無しさん
    • 2025年 6月 28日 9:46am

    「適正,公平な社会のためには、虚偽は到底必要である」と判決を受けて敗訴しました。
       どうやって生きれば良いですか

    私は、虚偽事由で侮辱されて提訴され、敗訴し、様々なものを失いました。
    これを提訴したところ、「適正,公平な裁判のためには、裁判では虚偽は必要である」として敗訴しました。(本人訴訟)

    弁護士会と日弁連は、当弁護士に対し、「噓をつくことは正当な弁護士行為」と議決して懲戒処分せずに、直後に当弁護士を会長・日弁連役職に就任させており、原告が提訴した時には、「当行為を処分しないからといって、原告(国民)に損害を与えていない」と主張しては、再び争いました。
    裁判官たちは、権利の濫用を許し、当理由で原告敗訴としました。

    国家賠償訴訟(福井地方裁判所.平成24年ワ第159号)事件を提起したところ、 国は「争う」とし、「適正,公平な裁判のためには、裁判では虚偽は到底必要である」と判決して、原告敗訴としました。
     裁判官に深々と頭を下げて喜ぶ国家公務員の方々の姿がありました。
     (控訴 名古屋高等裁判所.金沢支部.平成24年(ネ)第267号で敗訴確定)

    その後に刑事告発したところ、詐欺罪として受理されました。(時効で不起訴)

    近年、再審請求しました。
    再審請求では当然に憲法違反を訴えたのですが、再び「憲法違反の記載がない」の決定を受けました。(第一小法廷)(日弁連経歴者所属)

    絶望と恐怖があるのみです。
    日本は、法による支配(人権擁護)していますか?

     さて近年、元裁判官の樋口英明氏は、過去の立派な行動(?)を講演し、ドキュメンタリー映画をも作成したと聞きましたが、 当事件において、詐欺加害者に加担するかのように、「適正,公平な裁判のためには、裁判では虚偽は到底必要である」と法を無視して言い渡したのは、樋口英明 です。
    あなたは、詐欺被害で苦しむ人々に対して、このような卑劣な判決を言い渡して来たのですか?
     この樋口英明を「正義の人」扱いするのは、妥当ですか。

    この判決と原発訴訟の判決の(人間)関係を知っていますか。
    この判決の後に原発訴訟の判決をしましたが、そこには共通する人物がいました。
    定年後は、承知の通り、この原発判決を執筆等し名声を得るに至っています。
    樋口英明は、当初よりこの定年後の構想を描いており、原発訴訟団の弁護士たちには、あとくされなく勝訴する(させる)
    ことを望んでいたと思われます。

    しかし、その前に目ざわりともいうべき国家賠償訴訟(福井地方裁判所.平成24年ワ第159号)が提起されたのです。
     その原審の訴訟詐欺の被告とは、弁護士のTとM等であり、一方の原発訴訟の訴状を書いた弁護士もその弁護士T等だったからです。
    定年後を夢みる樋口英明は、当然「虚偽事実を主張して裁判所をだまし、本来ありうべからざる内容の確定判決を取得した」と批難すべきところ、逆に「適正,公平な裁判のためには、裁判では虚偽は到底必要である」と ありうべからざる判決を言い渡したのです。

    それでも現在、樋口英明は国民を欺いて 立派な人間として評価され活動しています。

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