再発見された奇跡のライオン
2025年4月、ダイアウルフのクローン誕生に関する話題が注目を集めたように、絶滅種の復活は私たちの関心を強く引きつけるテーマだ。
参考記事 :
『1万年前に絶滅したオオカミが復活?』DNA操作で生まれたダイアウルフの3匹のクローン
https://kusanomido.com/life/nature/105438/
この地球では、長い歴史のなかで数えきれないほどの生物が生まれ、姿を消してきた。
しかしその一方で、「絶滅した」と思われていた生き物が、思いがけず再び人類の前に姿を現すこともある。
今回は、絶滅したと思われていたにもかかわらず再び姿を現した、バーバリライオンを紹介したい。
バーバリライオンとは

画像 : バーバリライオン(Barbary lion)public domain
バーバリライオンは、野生としてはアフリカ北部に生息していたライオンで、腹から背中に掛けて伸びた黒く大きなたてがみが特徴である。
その生息地がアトラス山脈一帯であったことから「アトラスライオン」とも呼ばれ、その名に相応しい大型のライオンだった。
19世紀のハンターたちは、バーバリライオンが全長4メートル、体重270キロに達することもあったと記録している。
ただし、これらの数値には写真などの確かな裏付けはなく、信憑性には疑問が残る形となっている。
いずれにせよ大型のネコ科動物で、肉食動物としても相当なサイズを持っていた事に変わりはない。
バーバリライオンの記録は古代から残されており、ローマの英雄カエサルは400頭、ポンペイウスは600頭ものバーバリライオンを、戦勝を祝う凱旋行進のためにローマへ連れ帰ったとされる。
古代ローマの円形闘技場コロッセオでは、人間と猛獣の決闘が見世物として行われており、その猛獣の代表格としてバーバリライオンが投入されていた。

画像 : イメージ
その戦いの記録はほとんど残っていないが、現代においてもクマとの素手の戦いに勝つことがほぼ不可能であることを考えれば、当時の武器と装備でこのような猛獣に立ち向かうのは、死刑囚に対する事実上の処刑だったとも言えるだろう。
このように恐れられたバーバリライオンだが、野生での生存がまだ確認されていた19世紀末の時代には、その姿が創作の世界にも反映された。
アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズには、北アフリカ産のライオンにまつわる描写が登場し、ディズニーの『ライオン・キング』に登場する悪役スカーも、バーバリライオンをモデルとしたとされる。
野生から消えたバーバリライオン

画像 : モロッコのバーバリライオン (1893年) public domain
大型肉食動物として存在感を示してきたバーバリライオンだが、時代の進展とともに人間の影響が強まり、生息数は急激に減少していった。
森林伐採による生息地の喪失に加え、ヨーロッパから持ち込まれた銃によって狩猟の効率が飛躍的に高まったためである。
特に19世紀後半には、娯楽や名誉を目的とした乱獲が相次ぎ、個体数は著しく減少。やがてその姿は各地で見られなくなっていった。
そして1922年、モロッコでの射殺報告を最後に、野生の個体は絶滅したとされている。
その後、1996年にバーバリライオンの特徴を持つ個体が発見され、2007年にも同様の報告があった。
しかし、いずれも他の地域のライオンとの混血と判断され、純血のバーバリライオンではないとされた。
そのため「野生での絶滅」は、公式な評価として現在も変わっていない。
まさかの再発見
2012年、世界を驚かせるニュースが報じられた。
モロッコ王室が所有する私的な動物園で、バーバリライオンの血統を色濃く受け継ぐ個体が32頭確認されたのである。

画像 : モロッコのラバト動物園のバーバリライオンの子孫である可能性のあるライオン CC BY-SA 3.0
これらのライオンは、かつてモロッコ国内の部族が王への忠誠の証として献上したもので、長年にわたり王室の管理下で飼育されてきた。
報道当時は現国王ムハンマド6世の治世下にあったが、このライオンたちは祖父ムハンマド5世、あるいはそれ以前の代から受け継がれてきた可能性が高いとされる。
ムハンマド5世が即位したのは1927年であり、野生のバーバリライオンはすでに絶滅したとされていたため、献上されたのはそれ以前、19世紀末から20世紀初頭のことと考えられている。
なぜ、このような貴重な個体群が長年表に出ることなく飼育され続けていたのか、その詳細は明らかにされていない。
だが、長い沈黙の末に“幻のライオン”が確認されたことは、確かに歴史的な発見だった。
現在、これらのライオンは首都ラバトのラバト動物園に移され、血統の保全を目的とした繁殖活動が進められている。
個体数は少しずつではあるが着実に増え、現在ではヨーロッパ各地の動物園でもその姿を見ることができる。
再び地上から姿を消させないために、今も世界各地で懸命な保護と繁殖の取り組みが行われている。
今度こそ絶滅させないために

画像 : バーバリライオンのスルタン、ニューヨーク動物園、1897年 public domain
人間の手によって野生の個体が絶滅に追い込まれ、その同じ人間の手によって絶滅から救おうとする繁殖活動が行われているのは、なんとも皮肉な構図である。
だが、王族の私的な動物園で飼育されていた個体の発見によって、バーバリライオンは「完全な絶滅」ではなく「野生での絶滅」と位置づけられることとなった。
一般人としては今後の動向を見守るしかないが、少なくともこの保全活動が実を結び、バーバリライオンが再び歴史の中に埋もれてしまうことのないよう願うばかりだ。
参考 :
Black SA, Fellous A, Yamaguchi N, Roberts DL. Examining the extinction of the Barbary lion and its implications for felid conservation. PLOS ONE, 2013 他
文 / mattyoukilis 校正 / 草の実堂編集部
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