農作物を食い荒らしたり、時に人を死傷させてしまったりする野生動物。
近年大規模化するメガソーラー事業など、山林の乱開発の結果として棲み家を追われてしまった動物たちが、人里に下りてきて少なからず被害をもたらしています。
行政当局では特に繁殖力の高いニホンジカ(以下シカ)とイノシシを指定管理鳥獣とし、個体数ならびに生息域の抑制に努めてきました。
(2024年4月1日からツキノワグマとヒグマも追加指定)
シカやイノシシの個体数や生息域を抑制することで被害が軽減できるかと期待していましたが、積極的な駆除によって個体数を順調?に減らしてきたものの、残念ながら農作物等への被害はあまり減少していません。
(※)確かに被害金額こそ減少していました。しかしこれは被害に遭っている作物の取引価格によって異なること、また農業放棄による不申告などがデータに含まれないため実態に即していない可能性があります。
駆除の結果として個体数は減っているのに被害は減らない……これはどういうことでしょうか。
今回はこちらの記事を参考に、その謎に迫ってみたいと思います。
※参考:農水省の勘違い。ジビエ利用を増やしても獣害は減らない!
山奥でいくらシカやイノシシを殺しても、農作物の被害が減らないのは当たり前?
前提として、農作物や人身に被害をもたらすシカやイノシシは、人間の生活圏に比較的近い里山に棲息しています。
山野の奥深くに棲息しているシカやイノシシは、ごく一部の例外を除いてほとんど関係ありません。
しかしシカやイノシシを駆除するハンターたちは、里山をうろつく個体よりも山奥の個体を好んで殺します。
もちろん駆除の要請があれば里山や人里の駆除にも出動するでしょうが、現場へ駆けつけるまでに逃げてしまっているケースが多いのだとか。
駆除ではなく「殺す」という表現を用いたのは、人間社会に被害をもたらしていない、いわば罪なき野生動物を殺害している可能性が高いと考えられるからです。
シカもイノシシもそれぞれ生活圏(2キロ~数キロ程度と言われます)があり、山奥からわざわざ人里まで出てくる個体はそう多くありません。
山奥の個体をいくら殺したところで、里山に棲息する個体数にはほとんど影響がないと言えます。
だから駆除数を増やしても、肝心の農作物被害が減らないのは、当たり前と言えば当たり前ですよね。
なぜハンターたちは山奥でシカやイノシシを殺すのか?
しかしハンターたちはなぜ、積極的に山奥まで行ってシカやイノシシを殺すのでしょうか。
その理由は個人ごとに違うと思いますし、全ハンターに確認した訳ではないものの、ハンターの立場で考えると分かりやすいかも知れません。
前提として、シカやイノシシは指定管理鳥獣であり、自治体によっては駆除することで報奨金(自治体により名称が違うことも)が出ます。
一定条件を満たした上でシカやイノシシを駆除するとおカネがもらえるので、ハンターたちは貴重な収入源として駆除に励むのです。
しかし同じ駆除ではあっても、里山や人里で駆除するのと、山奥で駆除するのではその労力と難易度が大きく異なります。
基本的にシカやイノシシの駆除は、里山や人里よりも山奥で行う方が楽です。
なぜなら周囲に人がほとんどいないために、猟銃や罠を効率的に使えるからと言えるでしょう。
人里や里山で人が多いと銃弾が当たるかも知れないし、うっかり罠にかかってしまうリスクも高まります。
それに対して山奥であれば、銃を撃つのも罠を仕掛けるのもフレキシブルにできるのです。
何だったら行政当局の目も満足に届かないので、違法な罠(例えばトラバサミ等)さえ使えるでしょう(同業者の密告に注意)。
もちろんすべてのハンターがそうではなかろうものの、少なからず山奥が無法地帯化しているという話は見聞きします。
まとめると「あれこれと制約の多い里山や人里で駆除するよりも、自由?な山奥で駆除した方が楽」だから、ハンターたちは山奥でシカやイノシシを殺して金稼ぎに勤しむのでした。
同じ報奨金がもらえるのであれば、少しでも手間のかからない方がいいですよね。
これはハンターたちが悪いのではなく、獣害軽減に効果的な駆除施策を講じない行政の不手際に他なりません。
駆除によって獣害軽減を図るのであれば、山奥でシカやイノシシを殺しても報奨金を支給しないなど、シカやイノシシの生態に則した対象猟区を再設定すべきでしょう。
※参考:東北猟友会員の訴え 大駆除現場は違法だらけ クマが絶滅する 山にすぐ餌になる物を植えよ
自然界におけるシカやイノシシたちの役割とは
とかく悪者扱いされがちなシカやイノシシ。一頭も駆除すべからずとは言いませんが、自然界における彼らの役割について知っておいても、損はないでしょう。
「あらゆる生命には意味があり、要らない生命なんてない」という仏の教えを別にしても、シカやイノシシたちは生態系に重要な役割を果たしているのです。
シカやイノシシなどの大型獣が山林を動き回ることで繁茂する草木やツタが払われ、地表に風や光や水が入ります。
例えばシカが樹皮を食べることで木が枯れて倒れたり、イノシシが虫などを食べるために硬い鼻先で地面を掘り起こしたりすることで、地面は次第に肥えていくのです。
また身体にタネがついたり、食べた木の実を排泄したりすることで土の栄養が拡散され、森林の最適化につながります。
こうして自然の営みによって山林が豊かになれば、シカやイノシシたちも危険を冒して人里へ下りてくることも減っていくでしょう。
かつてオオカミを絶滅させたからシカやイノシシが増えたとされますが、今度はシカやイノシシが不都合だからと絶滅させれば、どのような結果が待っているのでしょうか。
すべての生命はつながっており、そのバランスを場当たり的に破壊する愚を繰り返してはならないと考えます。
(※)ただし先程も言ったとおり、一頭も駆除するなとは言いません。緊急事態においては駆除もやむを得ないケースもあるでしょう。
ここでは「むやみに殺すべきではない」「駆除体制を改善しなければ、いくら殺したところで肝心の被害軽減にはつながらない」と言っている趣旨をご理解ください。
※参考:研究の貧困:わからないことが多いイノシシの生態|日本オオカミ協会
終わりに
【今回のまとめ】
- 山奥にいるシカやイノシシをいくら殺したところで、獣害を減らす効果は薄い
- 人間と野生動物の棲み分けをきちんとすべし
- 野生動物が人里に下りて来なくてすむよう、乱開発によって荒廃している山林の復活を推進すべし
- その上でどうしても人里へ出てきてしまう個体については、駆除も止むを得ないケースも
私たち人類にできることは、人類と野生動物のハッキリした棲み分けであり、それぞれが極力干渉し合わない距離を保つことです。
具体的には耕作放棄地などは雑草を刈り払ったり、彼らをおびき寄せるエサとなる人里近くの柿などを伐採したり等が考えられます。
そして人里近くにはきちんと防護フェンスを設け、人間は生ゴミなどを厳重に管理することで、無用の流血を避けつつ被害を減らすことができるでしょう。
「邪魔だから駆除しろ」「不都合だから殺せ」という論理を卒業して、真に目的を達成できる野生動物との共存を考えるべき時に来ていると考えます。
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