数々の人気ドラマを生み出してきた脚本家、野木亜紀子さんの最新作『ラストマイル』が、いよいよ8月23日に公開されました。
『アンナチュラル』や『MIU404』などを手掛けた野木さんが次に選んだ舞台は、大手ショッピングサイトの巨大物流倉庫。
配送業界の闇に迫りながらも、濃密な人間ドラマとスリリングなサスペンスが絶妙に絡み合い、見応えのあるエンターテインメント作品に仕上がっています。
この映画を見終わったときに感じたのは、労働の意味です。
「働かざる者食うべからず」
この言葉に代表されるように、現代社会では勤勉であることが美徳とされ、長時間労働が当たり前になっています。
しかし、20世紀イギリスの哲学者バートランド・ラッセルは、この常識に真っ向から異を唱え「怠惰こそが美徳である」と主張しました。
ラッセルの主張は、一体どういうことなのでしょうか?
今回の記事では、ラッセルの思想を紹介ながら、現代社会における「労働」と「余暇」の関係について考えていきたいと思います。
私たちは何のために働いているのか?
産業革命以降、機械化が進み、私たちの生活は飛躍的に便利になりました。洗濯機、冷蔵庫、自動車…。
これらの技術革新は、私たちの生活を劇的に変化させました。
かつては多くの時間と労力を必要とした家事や移動が、ほんの数分で済ませられるようになったのです。
このようなテクノロジーの進歩によって人類はより多くの自由時間を得て、創造的な活動や自己啓発に時間を費やすことができるようになると、ラッセルは信じていました。
しかし、現実はラッセルの理想とはかけ離れてしまいました。
機械化によって生まれたはずの余暇は、新たな仕事によって埋め尽くされ、人々は以前よりも忙しく働いています。サービス残業、休日出勤、永遠に終わらない仕事…。私たちは、まるで機械の一部になったかのように、際限なく労働を強いられています。
ラッセルは、その原因を「労働は美徳」という価値観に求めます。
ラッセルの主張を簡単にまとめると、以下のようになるでしょう。
労働が義務という価値観は、支配者が民衆を働かせるために仕向けたものだ。そんなものは奴隷の道徳じゃないか。
ラッセルによる痛烈な批判です。私たちが当然のように受け入れている労働の価値観は、支配層が人々を効率的に働かせるために作り上げたものであると、ラッセルは主張します。
私たちは社会をより良くするため、あるいは自分自身を成長させるために働いていると信じがちです。
しかしラッセルの視点から見ると、私たちは知らないうちに誰かの利益を目的として長時間労働を強いられているのかもしれません。
1日4時間の労働で社会は回る?
ラッセルは「1日4時間の労働で社会は十分に回る」と主張し、そして余暇こそが文明を発展させ、社会を豊かにすると説きます。
実際に、縄文時代や古代ギリシアでは労働時間が短く、人々はより豊かな生活を送っていました。
現代社会においても、テクノロジーの恩恵を生かし、労働時間を減らし、余暇を増やすことは可能なはずです。
余暇が増えれば、人々は受動的な娯楽だけでなく、能動的に創造的な活動に取り組むようになり、真の豊かさを得ることができます。自分の趣味に没頭したり、新しいスキルを学んだり、家族や友人と過ごす時間を増やしたりすることで、より充実した人生を送ることができるのではないでしょうか。
またラッセルは「労働よりも消費が重要」だと考えました。人々が自由に使えるお金と時間を持つことで、消費が促進され、経済が活性化し、新たな雇用が生まれると主張します。
しかし現代社会では長時間労働により、人々はお金を使う時間もなく、結果として経済の停滞につながります。私たちは労働ばかりに時間を費やすのではなく、消費する時間も確保する必要があるのです。
無駄な仕事からの解放
ラッセルは、現代社会における多くの仕事は社会にとって、真の価値を持たない「役に立たないガラクタ」を生み出すための無駄な仕事だと指摘します。
この「無駄な仕事」は、私たちの社会に深刻な影響を及ぼすからです
・労働者の意欲低下
無駄な仕事に従事することは、労働者の仕事への意欲を著しく削ぎます。自分の仕事が社会に貢献していないと感じると、人は仕事への情熱を失い、生産性も低下します。・消費の悪循環
無駄な製品やサービスが溢れると、消費者は本当に必要なものを見失い、購買意欲も低下します。結果として、企業はさらに無駄なものを作り続け、悪循環に陥ります。・真の豊かさの喪失
私たちは、無駄な仕事に忙殺され、本当に大切なものを犠牲にしています。家族や友人との時間、趣味や自己啓発、そして心身のリラックス。このような時間が、真の豊かさをもたらすのです。
ラッセルの主張は、現代社会における働き方や価値観を見直すきっかけを与えてくれます。
私たち一人ひとりが自分の働き方や生き方を見つめ直し、より豊かな人生を送るために「怠惰のススメ」というラッセルのメッセージを受け止めてみてはいかがでしょうか。
映画『ラストマイル』は、現代社会が抱える問題にしっかりと向きあう数少ない作品です。このような作品が多くの方に届けられている事実は、閉塞感漂う日本社会の中にある小さな希望のように感じます。
参考文献:バートランド ラッセル(2009)『怠惰への讃歌』(堀秀彦、柿村峻訳) 平凡社
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