2026年ミラノ・コルティナ五輪の女子フィギュアスケートで、アメリカ代表のアリサ・リウ選手が金メダルを獲得しました。
13歳で史上最年少の全米女王となり、このあと連覇を果たした彼女は「アメリカフィギュア界の至宝」として大きな重圧を背負い続けてきました。
2022年の世界選手権で銅メダルを獲得すると、16歳という若さで突如として現役引退を発表します。普通の学生生活や、友人たちと過ごすありふれた青春を求めての決断でした。
しかし氷から離れた静かな時間の中で、彼女は自身の内側にあるスケートへの情熱を再確認します。
2024年に現役復帰を決意し、そこからわずか数年でミラノ五輪の頂点へと登り詰めました。
周囲の期待ではなく、自らの明確な意志で手にした金メダルだからこそ、彼女が魅せる笑顔には格別の想いがあるはずです。
なぜ彼女は数々の困難に打ち勝ち、そこまでの強い意志を持てたのでしょうか。
その答えは彼女が持つ特別な生い立ちにあるのかもしれません。
中国からの移民から生まれた彼女のルーツには、中国の民主化運動という壮絶な歴史と、アメリカにおける最先端の家族形成という、二つの要素が深く交錯しているのです。
父アーサーさんの壮絶な過去

画像:天安門事件の際、学生デモを弾圧する中国人民解放軍 public domain
アリサ選手の父親であるアーサー・リウさんには、政治的な迫害から逃れた過去があります。
アーサーさんは中国の四川省で生まれ、学生時代に民主化運動のデモに参加しました。1989年、北京の天安門広場に集まった学生らが軍隊によって武力弾圧される「天安門事件」が起きます。
中国当局による厳しい思想統制や参加者への粛清が始まる中、アーサーさんは自身の命に危険が迫っていることを悟り、20代半ばでアメリカへの政治亡命を決断しました。
移住後は苦学を重ねて法学を修め、カリフォルニア州で移民法を専門とする弁護士として成功を収めます。
しかし亡命後も、中国共産党機関による監視の目が途絶えることはありませんでした。アーサーさんはアメリカでも中国大使館前での抗議活動や、人権問題についての積極的な発信を続けていたためです。
この政治的な緊張は、2022年の北京五輪を前にして表面化します。
大会の前年、FBI(連邦捜査局)は「中国政府の工作員がアーサーさん親子を標的として監視活動を行っている」とアーサーさんに警告しました。スポーツ委員会の関係者を装った男が「コロナ対策の渡航準備」と偽り、パスポート情報を騙し取ろうとしたり、自宅付近をうろついたりするという、生々しい手口が含まれていました。
また、アリサ選手自身がSNSでウイグル自治区の人権問題について言及していたことも、標的となった要因と考えられています。
アーサーさんは現地での不当な拘束などを警戒して、五輪への同行を断念します。彼が何よりも恐れたのは、自身の過去が「娘のアスリートとしての夢」を奪ってしまうことでした。
北京に滞在するアリサ選手の安全確保については、米政府および米国オリンピック・パラリンピック委員会が対応にあたり、現地では複数名が随行する体制が取られたと報じられています。
娘を動揺させまいと、アーサーさんはスパイ被害の事実を懸命に伏せていました。
緊迫した状況の中でアリサ選手は単身で北京へ乗り込み、厳戒態勢の中で見事オリンピック出場を果たしたのです。
代理出産で生まれた「あたらしい家族」の形
また家族の在り方についても、アメリカの「現在」を象徴しています。生殖医療技術を用いて、大家族の夢を実現させたのです。
アリサ選手を含む5人の兄弟は、すべて匿名の卵子提供と代理母出産によって生まれました。アーサーさんはシングルファーザーとして子育てを担いました。
彼自身が中国で6人兄弟の大家族で育ち、大勢の子どもを育てたいと望んでいたためで、また子どもたちに遺伝的な多様性(ルーツの広がり)を持たせるため、あえて2人の異なる女性から卵子の提供を受けています。
アリサ選手は自身の生い立ちについて、「すべてが私の原点(オリジンストーリー)」と前向きに受け止め、父親への感謝を繰り返し述べています。
中国の民主化に散った学生たちの思い、異国で生き抜いた移民のハングリー精神、そして新しい家族の形。
こうした多様なルーツを分断するのではなく、自らの誇りとして大きな「力」に変えていく彼女の姿にこそ、アメリカという国家の計り知れない「強さ」が詰まっているのではないでしょうか。
【参考・出典元】
CBS News: “U.S. figure skater Alysa Liu’s father targeted by Chinese spies” (2022) / “Alysa Liu wins gold in women’s individual figure skating at 2026 Milan Cortina Olympics” (2026)
The Washington Post: “The complex family history of Alysa Liu, America’s top figure skater”
PBS NewsHour: “DOJ charges 5 with stalking, harassing Chinese dissidents in U.S.” (2022)
Olympics.com: “Alysa Liu – Athlete Profile and Results”
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部
























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