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ジャパンカップの歴史を調べてみた【驚異の世界レコードタイム アーモンドアイ】

ジャパンカップ

第39回ジャパンカップ ゴール前 wiki(c)フランケル

ジャパンカップ(3歳以上オープン 国際・指定 定量 2400m芝・左)は、日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場で毎年11月末に施行する重賞競走(GⅠ)である。

1着賞金が3億円の日本最高賞金額のレースで、世界競馬の高額賞金レースランキングでは9位に位置している。

このジャパンカップについて創設からの歴史をひもといてみる。
なお2001年(平成13年)から競走馬の年齢表記が数え年から満年齢に変更された。この記事では現在の表記で記す。

ジャパンカップの創設

1970年代後半から日本の競馬界では「世界に通用する強い馬を日本で作り上げる」ことを目標としていた。

ジャパンカップ

ハクチカラ

初めて海外遠征した日本産まれの調教馬はハクチカラ(牡4)である。1958年(昭和33年)から1959年(昭和34年)までアメリカに滞在して出走し、17戦1勝だった。

1969年(昭和44年)にはスピードシンボリ(牡6)、1972年(昭和47年)にはメジロムサシがフランスの凱旋門賞(GⅠ パリロンシャン競馬場 芝2400m)に挑戦したがいずれも敗北に終わった。

また1962年(昭和37年)から1980年(昭和55年)まで、9頭がアメリカの国際招待競走のワシントンDC国際(GⅠ ローレル競馬場 芝12ハロン)に出走したが、優勝することはできなかった。

ジャパンカップは1981年(昭和56年)に日本初の国際招待競走として創設された。

海外馬の遠征費用はJRAが負担、世界でも高額な優勝賞金(当時)、欧州各国の主要GIのオフシーズンだったため、フランスの凱旋門賞やアメリカのブリーダーズカップ(GⅠ)出走馬たちが集まった。

第1回ジャパンカップの優勝馬はアメリカのメアジードーツ(牝5)である。GIIレースに2勝したのみの牝馬に、日本期待のホウヨウボーイ(牡6)、モンテプリンス(牡4)らは完敗した。競馬関係者たちは「永遠に日本馬は勝てないのではないか」と衝撃を受けた。

日本馬初勝利

1984年(昭和59年)(第4回)グレード制施行によりGIに格付けされた。

絶望から始まったジャパンカップだが、4回目にしてカツラギエース(牡4)が逃げ切って勝利した。

次いで1985年(昭和60年)第5回は前年惜しい3着だったシンボリルドルフ(牡4)が優勝する。

その後は1989年(平成元年)第9回オグリキャップ(牡4)のハナの差の2着が最先着で、外国馬の後塵を拝し続けていた。

《2分22秒2の死闘 ホーリックスVSオグリキャップ》

第9回の優勝馬ホーリックス(牝6)はニュージーランドから参戦した小柄な芦毛馬である。

1番人気のスーパークリーク(牡4)や昨年の覇者のペイザバトラー(牡5)ではなく、東京競馬場の最後の直線で抜け出したのは彼女だった。

後からオグリキャップが追い上げるが壮絶な叩き合いの末、当時の芝2400mの世界レコードを更新する2分22秒2で決着が付いた。

地方競馬代表として出走したロジータ(牝3)は15頭中15着で14着の馬に大差を付けられていたが、 彼女のタイム2分26秒9は、同じ東京競馬場の芝2400mで行なわれたこの年の第56回日本ダービー(GⅠ)の優勝タイム2分28秒8よりも速かった。

このレースがいかに高レベルであったかを物語っている。

父内国産馬の初勝利

1992年(平成4年)(第12回)国際セリ名簿基準作成委員会より、国際GIに格付けされた。

ジャパンカップ

トウカイテイオー(社台スタリオンステーション)wiki(c)Goki (talk)

この年の優勝馬はトウカイテイオー(牡4)。7年ぶりの日本馬の勝利であり、トウカイテイオーの父は第5回優勝馬のシンボリルドルフ

日本生まれの父を持ち日本で調教された馬が初めてジャパンカップで優勝し、父子制覇を果たした。

参戦する海外馬の減少

1999年(平成11年)(第19回)から2005年(平成17年)(第25回)まで行なわれていた、アラブ首長国連邦のドバイを本拠地とするエミレーツ航空が協賛する、競馬の世界選手権シリーズのワールドレーシング・チャンピオンシップに参加。

2008年(平成20年)(第28回)JRAが実施する秋季国際GⅠ競走シリーズのジャパン・オータムインターナショナルに組み込まれる。

2014年(平成26年)(第34回)海外の主要なGⅠ競走で公式時計を務めるロンジン社(LONGINES)とパートナーシップを締結する。ジャパンカップの走破時計はロンジンのタイマーで計測されている。

トウカイテイオーの勝利以降日本馬が活躍するようになったことや、日本の馬場が外国馬に合わないことなどにより外国馬の参戦が減少し始めた。
近年は海外の有力馬は11月のアメリカの競馬の祭典ブリーダーズカップ、12月の香港の香港国際競走(GⅠ シャティン競馬場)など他の国際招待レースへの出走が増加した。

とうとう2019年(令和元年)第39回ジャパンカップは、外国馬の参戦なしで行なわれた。

《驚異の世界レコードタイム アーモンドアイ》

2018年(平成30年)第38回の優勝馬は、アーモンドアイ(牝3)である。

この年の桜花賞(GⅠ)・オークス(GⅠ)・秋華賞(GⅠ)に勝って三冠牝馬になったが、エリザベス女王杯(GⅠ)には進まずジャパンカップに出走した。

ジャパンカップ

最後の直線、キセキを捕らえるアーモンドアイ wiki(c)nakashi

最後の直線の残り200mで先頭で逃げるキセキ(牡4)に並んで交わし、悠々と1馬身3/4の差を付けてゴールに入った。

優勝タイム2分20秒6は、現在の東京の芝2400mのレコードであり、1999年に記録された世界レコード2分21秒98を更新した。

このレースに参戦した外国馬は2頭。イギリスのサンダリングブルー(騸5)は10着、アイルランドのカプリ(牡4)は11着に終わった。

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