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ドラフトはオフの最大行事
多くのNPBファンにとって、ドラフト会議は秋の一大行事となっている。
高校、大学、社会人といったアマチュアの世界で大活躍した選手が自分の贔屓チームに来てくれるかもしれない。
そんな気持ちで誰もがワクワクして行方を見守る。(贔屓チームのニーズと照らし合わせて、自分の母校で活躍した「後輩」を獲得するチャンスが来たとなれば尚更楽しみだろう)
コロナの影響で例年とは違う形ではあったが、今年もNPBドラフトで多くの有望な選手がプロの世界に入り、Twitterではドラフトの結果で一喜一憂する野球ファンのツイートで賑わった。
当の筆者は松井秀喜、福田正博、ゲイリー・ペイトンをアイドルに少年時代を過ごし、中学までは巨人ファンでドラフトもそれなりに気にしていたが、松井秀喜のニューヨーク・ヤンキース移籍からすっかり巨人からもNPBからも離れてしまい、全くNPBドラフトに興味を示さなくなってしまった。
そして、NFLのドラフトを見るようになってからNPBドラフトがアメリカから50年以上遅れた代物であるかを思い知った。(これは、NFLファンの多くに一致する意見である)
今回は、3日間に渡って多くのフットボールファンを熱狂させるNFLドラフトを紹介する。
ドラフトに関する用語解説
ルールやシステムを解説する前に、まずは用語から解説する。
ウォールーム
…日本語にすると「戦略室」という意味で、各チームの首脳陣が誰を指名するか相談する。
NPBドラフトは去年まで各チームの首脳陣が同じ部屋に集まっていたが、NFLの場合はそれぞれのチームのオフィスから指名選手の連絡を行う(フィラデルフィア・イーグルスの場合はフィラデルフィアから会場に電話をして伝える)ため、会場には集まらない。今年のNPBドラフトはコロナ対策でウォールームに近い形となり、NFLファンが「ウォールーム」という言葉を使い、NPBファンからも作戦を立てている感じがして面白いと好評だった。
ドラフトボード
…ウォールームにはリストアップした自チームの指名候補を載せたリストがあり、これをドラフトボードという。
ドラフトで与えられた制限時間の間に、今の順位で適切なのか、リーチ(その選手の適切な順位よりも早く)でも指名すべきか、トレードで順位を変えるべきかを考える。
NPBのチームは「この選手を指名する」と発言して自分達のドラフトボードを晒しているが、NFLファンから見ると違和感しかない。
グリーンルーム
…1巡指名が予想される有力選手は会場に招待され、名前が呼ばれた選手はコミッショナーのロジャー・グッデルから指名チームのユニフォームとキャップを受け取って握手をする。
今年のドラフトはグッデルの自宅から「完全リモート」で行われたため、上位指名候補の自宅に送られた32チームのキャップから自分の指名されたチームのキャップを被ってプロ入りの喜びを家族と分かち合っていた。
(トレード)アップ、ダウン
…NFLに限らずアメリカのドラフトは指名権のトレードが可能であり、ドラフト順位を上げるために選手や指名権を差し出すトレードアップと、今の順番で欲しい選手がいないから順位を下げて指名権を増やすトレードダウンがある。
自分達の番が来たと思ったらダウンでまた待たされる事も多々あるが、この駆け引きもドラフトの醍醐味である。
NFLドラフトのルールと醍醐味
用語の次はルールの解説だが「ドラフト」という言葉を聞くと「くじ引き」を思い浮かべる人が多いと思うが、これは日本にしかない「悪習」である。
「戦力均衡」を謳うNFLらしく、ドラフトは前年の成績が悪かったチームから順番に指名権が与えられる「完全ウェーバー制」を採用しており、前年最低勝率からスーパーボウル王者の順番に指名が続く。
2020年のNFLドラフトを例に出すと、2019年に2勝14敗で終わったシンシナティ・ベンガルズが2020年のドラフト全体1位指名権を得てジョー・バロウを指名している。(よくドラフト1位というが、ドラフト順位は指名された順番となるので、真っ先に名前が呼ばれた選手こそがドラフト1位であり、2番目に指名された選手は全体2位となる。それも日本とアメリカで大きく認識が違う部分である)
なお、NFLドラフトで指名された選手はリストから消えるため、原則として後のチームが指名する事は出来ない。(NPBのように指名選手が重複したらくじ引きという時代遅れな手法は存在しない)
どうしても欲しい選手がいて、その選手を前の順位にいるチームが指名しそうな場合は、用語解説でも書いた通り指名権や選手をトレードする事によって順位を上げる事が出来る。(逆に、今の順位で欲しい選手がいない場合はトレードで順位を下げる代わりに指名権を増やす事が出来る)
トレードアップ(ダウン)というシステムによって各チームのドラフト戦略が直前で変わる事も多々あるため、自分達の番が来ても油断は出来ない。
チームのニーズと照らし合わせて欲しい選手は残っているか、他のチームは裏で動く可能性はあるか、ドラフトの裏では各チームの駆け引きが常にあり、その駆け引きこそがドラフトの醍醐味である。
なお、ドラフトには制限時間が設けられており、1巡指名が行われる初日は10分、2巡は7分、3巡から6巡までが5分、7巡が4分と決まっている。
この時間内に選手の指名かトレードを決めなければならないが、タイムオーバーになった場合は次のチームに順番が飛ばされる。(滅多に起きないが、数年に一度の珍事に遭遇した場合はある意味喜んでもいい)
イーグルスがウェンツを手に入れるまで
NFLドラフトの醍醐味であるトレードに関して、近年起きた最大のトレードを紹介する。
2016年に全体2位でカーソン・ウェンツを指名したフィラデルフィア・イーグルスは、2015年の成績から当初は全体13位だった。
イーグルスはドラフト順位を上げるため、全体8位指名権を持っていたマイアミ・ドルフィンズに全体13位の1巡指名権に加えキコ・アロンソとバイロン・マックスウェルをセットで差し出して全体8位の指名権を手に入れた。
イーグルスがウェンツを欲しがっているという情報はかねてからあったが、全体2位でクリーブランド・ブラウンズが指名するという予想もある。
そこでイーグルスはブラウンズからウェンツを「譲って貰う」ため、以下の大規模なトレードを仕掛けた。
放出
1巡8位
1巡77位
4巡100位
2017年1巡
2018年2巡加入
1巡2位(カーソン・ウェンツ)
2017年4巡
ブラウンズから貰った4巡指名権は2016年9月に行った別のトレードで使われたため、完全にウェンツを手に入れるためだけのトレードだった。
HCのダグ・ピーダーソンがウェンツに合ったプレーを用意出来ていない事と、チームの世代交代失敗で当初の期待に応えたとは言い難いが、2017年にリーグトップの13勝を挙げられたのはウェンツのお陰であり、チーム史上初のシーズン4000ヤード突破など数々のチーム記録を作った男の復活を信じたい。
Mr. IrrelevantとUDFA
250人以上のNFL選手が指名されるNFLドラフトだが、3日目になると名前を聞いた事もないようなマイナー校の選手が指名される事が多々あり、最後の方は名前が呼ばれる事もなく画面の下に名前が流れるだけという雑な展開がほとんどである。
大半の選手が53人に入る事もなく消える7巡だが、唯一注目される選手がいる。
Mr. Irrelevant(ミスター・イレレバント)という、ドラフトの最後に名前が呼ばれる選手である。
irrelevantとは不適切、重要ではない、無関係などあまりいい意味の言葉ではなく、一言で言ってしまうと「その年で最も評価の低いドラフト指名選手」という、ある意味不名誉な称号である。(ドラフトはチームのニーズなど様々な要素が重なるため、ドラフト指名されなかった選手はミスター・イレレバントより実力が劣るという訳ではない)
指名順位も250位以下で、53人枠に入れずそのまま消える事も少なくないミスター・イレレバントだが、NFLドラフトで最後に名前が呼ばれた選手という「ハク」が付くため、プロ入り時点の扱いという意味では他の下位指名選手よりも優遇されている。(MR. IRRELEVANTとネームの入ったユニフォームが欲しいか、それを受け取って名誉に感じるかは人それぞれである)
250人以上の選手がプロへの第一歩を踏み出す一方で、実力がありながらもドラフトで指名されなかった選手もたくさん存在する。
ドラフトの資格(高校卒業後3年以上、大半は大学卒業に指名を待つ)は一度しかなく、一生に一度のドラフトで指名されなかった選手はプロへの道が断たれてしまうのかといえば、そうではない。
シーズン開幕前に53人に絞られるが、プレシーズンゲームが終わる9月の頭までは90人の枠があり、ドラフトされなかった選手はUDFA(Undrafted Free Agent)というFA扱いの選手として32チームからのオファーを待ち、各チームも隠れた「原石」を探す。
大学で優秀な成績を残しながらもチーム事情などの理由があってドラフトされなかった選手は、ドラフト終了とほぼ同時に契約のニュースが流れる。
「ドラフトされなかった」という事実だけ見たらミスター・イレレバントより評価が低いように見える(2020年にUDFAとしてイーグルスに加入した選手は一人も53人枠に入られなかった)が、ジェイソン・ピーターズのようにドラフト外入団ながらもプロボウル(オールスター)に8回選出されて、引退後の殿堂入りが確実視されている選手も存在するため、結局は入ったチームと本人の努力次第である。
On the clock your team!
今回はNFLドラフトのルールと楽しみ方を紹介したが、減り続ける時間と、自分達の順番が近付くにつれて高まる緊張感は是非とも一度リアルタイムで見て欲しい。(Twitterだとリークのツイートが流れるので注意が必要)
自分のチームが希望通りのドラフトをしてくれない事も多いが、ニーズと指名が重なった時の喜びはシーズン開幕への希望を持たせてくれる。
注目となる選手のプレーを見る意味ではカレッジも見て欲しいが、勿論、カレッジの知識がなくても楽しめる。
クレムソン大学のトレバー・ローレンスの全体1位指名が確実視されている2021年のNFLドラフトは、4月29日から5月1日までクリーブランドで行われる予定となっている。(コロナの影響で再度リモートドラフトの可能性もある)
画面に「PICK IS IN」と入り、果たして誰が指名されるのか。
グッデルが登場してから名前を読み上げるまでの短いようで長い数分を、是非とも楽しんで欲しい。
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