今年も盛り上がった高校野球
今年の全国高校野球(甲子園)は、慶應高校の見事な優勝で幕を閉じました。
「エンジョイ・ベースボール」を掲げた慶應高校は、髪型を坊主に強制せず、また練習時間は2時間限定など従来の慣習に捉われない、斬新なスタイルを実践してきました。
慶應高校の優勝によって、新しい高校野球の形が示された大会だったのかもしれません。
日本の「夏の風物詩」として甲子園は、毎年多くの人々が楽しむコンテンツとして親しまれてきました。
では、なぜ私たちは高校野球にここまで熱狂するのでしょうか。
今回の記事では、内田樹氏の『昭和のエートス』に収録されている「負け方を習得する」というエッセイを参考にしながら、高校野球の魅力を深掘りしたいと思います。
「勝ち方」ばかりを強調する現代社会
現代社会は、成功者や勝ち組のストーリーが頻繁に強調される時代です。テレビやSNS、書籍など、さまざまなメディアで「成功する方法」や「勝つための秘訣」が取り上げられています。
そのため多くの人々が、成功を追い求めるプレッシャーを過度に感じるような状況です。「勝つこと」「成功すること」が絶対的な価値観として求められる中、失敗や挫折は避けるべきこととして捉えられています。
しかし、人生を振り返ると「勝つことよりも負けることの方が多い」という否定できない事実があります。どんな人間でも敗北から逃れることはできません。
もしかすると敗北こそが、成功に値する教訓を与えてくれるかもしれません。
アメリカの作家であるアーネスト・ヘミングウェイは以下のように述べています。
「人間の人間たる価値は、敗北に直面していかに振る舞うかにかかっている。 敗北とは、決して屈服ではないのだ」
たしかに大切なのは、敗北をどう受け止めるかです。
他人の責任にするのか、それとも謙虚に反省し、次に活かすのか。失敗を前向きに受け入れる姿勢が、まさに人間の成長を促すのです。
失敗から学び続ける姿勢こそ、真の勝利(成功)へと繋がるのかもしれません。
高校野球の価値とは?
このように考えると「勝ち方」だけでなく「負け方」を学ぶことも、とても重要な要素であることに気付きます。
夏の甲子園には、全国から4000校以上の高校が参加しますが、優勝できるのはわずか1校です。圧倒的多数の学校は早々に敗退する運命にあるにも関わらず、甲子園は高校生にとって特別な教育活動として位置づけられています。
与えられたルールを遵守し、フェアにプレーする姿勢こそが高校野球の魅力であり、教育的意義になります。審判の判定に文句を言ったり、負けてイライラした態度を取る高校球児がいたら、高校野球のコンテンツとしての価値は一気になくなってしまいます。
甲子園での高校球児たちに感動するのは、敗北を誰のせいにもせず、素直に敗北を認め勝者を讃える姿勢、そして支えてくれた人々への感謝を素直に表現するからです。
つまり甲子園は「勝つ方法を教える場ではなく、むしろ“負け方”を学ぶ場である」という言い方もできます。
敗退した責任を自ら背負い、チームメイトを責めず、感謝の気持ちを失わない。このような高校生の前向きな姿勢にこそ、甲子園の価値があると言えるでしょう。
一方の大人はどうか?
高校球児に対して、大人たちはどうでしょうか。
現在の日本社会では政治や企業、メディアを含め、さまざまな問題やスキャンダルが日常的に報道されています。どんなに高度なシステムや組織であっても、ミスやトラブルを避けられないのは仕方のないことです。
しかし問題が起きたあと、自らの責任をしっかりと認め、改善するための手段を模索し、関わる人々に感謝の気持ちを表す大人は、果たしてどれだけいるでしょうか。
サッカー日本代表監督だったイビチャ・オシム氏は、日本人の特性について以下のように述べています。
「日本人はプレーにおける責任感に欠けている。まるで疫病から逃げるようにして責任から遠ざかる」
最近ではビッグモーターの醜態があります。全ての責任を部下に押し付け、責任から逃れようとする上層部の姿を見せられ、日本社会の劣化に絶望を感じたのは私だけではないはずです。
SNS上では、大人たちが自らの正しさばかりを主張し、相手を批判するために罵詈雑言が飛び交い、まるで肥溜めのような汚い場所になっています。
現代の価値観からすると「負けを認めないこと」が賢明であると、多くの人々は考えているのかもしれません。しかし、一生勝ち続けることなどできません。私たちはいつか敗北を迎える日が来ます。
ヘミングウェイが言うように、勝つことよりも“負け方”にこそ大きな価値があります。
子どもたちに「正しい負け方を習得する」重要性を伝えることが、大人の大切な役目だと思いますが、むしろ高校球児たちが大人たちに教えてくれているのかもしれません。
参考文献:内田樹(2012)『昭和のエートス』文藝春秋
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