「FIBAバスケットボールW杯2023」において、男子バスケット日本代表が3勝2敗の成績を収め、パリ五輪への出場を確定させました。
W杯の期間中は、漫画『スラムダンク』を読んでいるかのような感覚で、元バスケ部員の筆者としては本当に夢を見ているようでした。
勝利の立役者として河村勇輝や富永啓生、ジョシュ・ホーキンソンなどを上げることができますが、やはりトム・ホーバスHCの存在なくして、日本代表の歴史的勝利はあり得ませんでした。
ホーバス氏の明るい性格で隠れがちですが、今回の勝利の背景には、しっかりとした理論に裏打ちされた指導方針がありました。
そこで今回の記事では、日本人の能力を最大限に引き出したトム・ホーバス氏と、もう1人の指導者を紹介したいと思います。
もう1人とは、サッカー日本代表監督を務めたイビチャ・オシム氏です。
日本のスポーツ指導は「根性練習」
トム・ホーバス氏は自身の指導方針に関して、スポーツ雑誌『Number』の対談のなかで明らかにしています。
その記事の内容をまとめてみます。
日本人の細かいところにこだわる国民性は、スポーツの指導場面では見つけることができない。
その原因は、選手たちが中学・高校時代から長時間の練習に慣れ親しんでいることにあり、練習中に集中力を欠いてしまう傾向がある。
選手たちは日本特有の「根性練習」で育ってきたため、練習中に体力を温存・配分しようとするのは当然の反応である。
練習時間は予定通りに終わるのではなく、成果に応じて柔軟に変えるべき。
コーチは学校の時間割のように練習時間を決めがちだが、課題達成まで継続するのが私のスタンス。したがって、練習時間は予定より短くなったり、長引いたりする。目の前の練習の密度を上げる工夫が必要だと感じている。
日本のバスケットは、体育館にいること自体を美徳とする文化がある。
しかし、その文化は集中力の低下につながり、効率的でないと感じている。体育館にいることが目的化している選手もいる。
そのため体育館から出るよう指示したことがあるが、選手たちはすぐ体育館に戻ってきてしまった。そこで日本の文化を受け入れつつ、体育館にいるならば、課題を明確にするよう伝えることにした。
問題は「課題なき長時間練習」にある。指導者は長時間の拘束をしたがるが、むしろ選手の集中力を奪ってしまう。
必要なポイントにフォーカスさせ、適切な休養を与えつつ練習の密度を高めるべき。
チームの課題をクリアするには、ある程度の時間は必要であり、世界一を目指すなら練習量は当然多くなる。
しかし、単調な練習は避けるべきだ。選手が飽きないように、練習を工夫する創造性もコーチには求められる。
コーチングは刀鍛冶の過程と似ていることに気付いた。
名刀を作る職人は、刀を熱し、叩き、冷やし、それを繰り返す。
コーチングも同じ。選手たちにプレッシャーをかけ、冷静に振り返させる。この過程を繰り返すことで、選手たちを成長させることができる。(Sports Graphic Number, 2021)
選手のミスにも種類がある
日本サッカー界に多大な影響を与えた指導者の一人であるイビチャ・オシム氏。
彼はどのような指導、言葉を残したのでしょうか。
今回は島沢優子氏が書かれた『オシムの遺産(レガシー) 彼らに授けたもうひとつの言葉』から、彼の指導哲学や人間性に迫りたいと思います。
オシム氏がジェフユナイテッド市原の監督を務めている際、選手に指示を出す小倉コーチを静止したことがあります。
そしてオシム氏はこう言いました。
「ミスをする選手には大きく分けて2通りある。選択肢がいっぱいありすぎて判断が遅れてミスをする選手と、選択肢がなくて判断が遅くなってミスをするやつだ。おまえ、その選手がどちらになるかとか、その違いがわかるか?」(島沢,2023)
分からない、と小倉コーチが返すと…。
「おまえの指示は全部同じなんだよ。選手がミスしたとき、理由は概ね3つある。状況を最後ギリギリまで見極めていたからプレーが遅れて(ミスが)起きたのか、選択肢がひとつしかなくてその判断を潰されたのか。3つめは、選択肢がたくさんあったから判断が遅れたのか。そんなふうに異なるミスをした選手を、おまえは同じように扱っている」
「おまえはもう指示を出すな。創造性のあるやつが下手になる」(同上)
ではミスを繰り返す選手には、どういった指導をすればいいのでしょうか。
「そういう選手には、まず何が見えていたかを聞いてやることだ。そこで、選手はこれこれを見たと答えるだろう。ああ、そうかと受け止めてやればいい。次に同じミスをしないためには判断を素早くすることだ。プレーを早くひとつに絞らなくてはいけない設定をしたトレーニングをすればいい」(同上)
試合を控えていたある日、小倉コーチは前日の練習から先発メンバーと控えメンバーを判断。選手たちに伝え、試合に出るメンバーをバスに乗せてしまいます。
しかしオシムが提出したメンバー表は、前日の練習とは異なっていました。
小倉コーチはもうすでに選手たちへ伝えてしまったことを詫びると、オシム氏は激昂します。
「俺は最後の最後までいろいろ考え決断している。この選手を外して、この選手を入れるといったことを決めるのは大変な作業だ。選手には家族もいる。子どもがいるやつもいる。それでも俺は決断しなきゃいけない。それを軽はずみにおまえが伝えたことによって、この選手をバスから降ろさないといけない。おまえはそれを誰かに頼むのか? マネージャーに頼むのか?」
「俺たちは、それぐらいの決断を毎試合しているんだ。監督だけじゃなくて、おまえたちもそうだろう。だから、そこは慎重にも慎重をきたせ。選手はモノじゃない。右から左に簡単に動かしていいものじゃないんだ。生身の人間だ。感情がある。その扱いを間違えるな」(同上)
指導者の隠れた献身
ホーバス氏とオシム氏には「なによりも選手の成長を優先する」という共通点がありました。
ホーバス氏は選手の個性をしっかりと理解し、その特徴に合わせた指導を心掛けています。厳しい練習を課す一方、選手の意見を大切にし、自らを成長させる環境を作り出していたのです。
オシム氏は選手のミスをただ批判するのではなく、ミスの原因を探し出す指導をしていました。選手の気持ちを誰よりも推し量り、ときには大きな決断を下し、選手の人生を最優先に考えていたのです。
指導者としての役割を果たすために、両者は見えないところでの努力を惜しみませんでした。
選手がスポットライトを浴びる背後には、指導者の献身的なサポートがあります。表彰台に立つのは選手ですが、その裏で支えている指導者の努力も忘れてはいけません。
参考文献:
『Sports Graphic Number 1038号 (2021年10月21日)』文藝春秋
島沢優子(2023)『オシムの遺産(レガシー) 彼らに授けたもうひとつの言葉』竹書房
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