世界史

『世界で最も怖い風習?』ダニ族の指切り儀礼〜愛する人が死ぬと女性が指を捧げる

ダニ族とは

画像 : バリエム渓谷 Lasthib CC BY-SA 4.0

インドネシア最東端、ニューギニア島の中央高地にバリエム渓谷という細長い盆地がある。

標高はおよそ1600メートル。周囲を切り立った山々に囲まれ、外界からの道は長く限られてきた。

ここに暮らすのが「ダニ族」と呼ばれてきた人びとである。

彼らは自らをフブラ(Hubula)と名乗り、サツマイモを主食とする農耕民として、この高地に何世代も暮らしてきた。

その生活の中心にあるのが豚である。
豚は財産であり、食料であり、婚資や儀礼にも用いられる、彼らにとって欠かせない家畜である。

男と女は、それぞれ「ホナイ」と呼ばれる小屋に別々で暮らしながら、厳しい山岳環境のなかで共同体を維持してきた。

バリエム渓谷が外の世界に知られるようになったのは1938年、アメリカの探検家リチャード・アーチボルトが、上空からこの谷を発見したことがきっかけである。

それまでダニ族は金属の道具をほとんど持たず、石や骨の道具で農耕と狩猟を行っていた、まさに外部から切り離された社会であった。

またバリエム渓谷周辺の人びとは、外部からはひとまとめに「ダニ族」とされてきたが、実際には言語や習俗の異なる近縁集団が重なって暮らす地域である。(ラニ族、ヤリ族、ヌドゥガ族など)

なぜ指を捧げるのか?死者と生者を結ぶダニ族の儀式

画像 : 顔飾りを着けたダニ族の男性 RaiyaniM CC BY-SA 4.0

ダニ族の指切り儀礼は、単なる残酷な風習ではなく、死と生をつなぐための宗教的な行為であった。

ダニ族の社会では、人が死ぬと「霊はすぐに安らぎの場所へ行くのではなく、しばらくこの世をさまよい続ける」と考えられていた。

怒りや未練を抱えた霊は病気や不作、争いをもたらすと信じられ、生者はそれを鎮めなければならなかった。

そのために必要とされたのが、痛みをともなう儀式だった。

「泣くだけでは死者に届かない。肉体に刻まれる苦痛こそが、悲しみの深さを霊に伝える」

このように信じられていた。

同時にそれは、不運や穢れを断ち切るための行為でもあり、死者の霊を守るためでもあった。

指を捧げることで、遺された者の痛みが死者の霊に伝わり、霊は満足して森へと去ると考えられていたのだ。

ダニ族の喪の論理は極端ではあるが、彼らなりの一貫した死生観に支えられていたのである。

女性の身体に刻まれた悲嘆と共同体の記憶

画像 : 雨の中で傘を共有するダニ族の少女たち RaiyaniM CC BY-SA 4.0

この儀礼を担ったのは、主として女性であった。

母や妻、姉妹など、死者と最も近い関係にあった女性が、その痛みを引き受ける立場に置かれた。

男たちが泣き声や踊りで悲嘆を示すのに対し、女性たちは自らの身体を削ることで別れを表した。

ダニ族の社会では、男は狩猟と戦いを担い、弓や槍を引く手は共同体を守るための道具だった。
それを失えば村を守れなくなる。

一方、女性は畑を耕し、子を育て、収穫物や薪を運ぶ。彼女たちの身体は家族と生活を支える土台と考えられていた。

そのため喪と供犠の重みは、より多くを耐える役割を負わされた女性の側に集まっていった。

女性たちは「父のための指、子のための指、兄弟のための指」と記憶し、その手の形そのものが積み重なった喪失の記録になっていた。

しかし、この儀礼には強い同調の力も働いていた。

指を切らなければ、悲しみが足りないと叱られ、死者の霊を怒らせると責められた。
拒めば共同体から距離を置かれ「不幸を呼ぶ存在」と見なされることさえあったという。

このように自発的に見える儀式であっても、その背後には強い規範の圧力もあったのである。

儀式の禁止と現代のダニ族

画像 : バリエム渓谷祭で模擬戦闘や競技を行うダニ族・ラニ族・ヤリ族の人びと Udomunich CC BY-SA 4.0

しかし20世紀後半になると、バリエム渓谷にも外の世界の波が入り込んできた。

オランダとインドネシアの行政、キリスト教、学校教育や医療が入り込み、ダニ族の死生観と生活様式は急速に変化していく。

この儀礼もまた「危険で非衛生的な慣習」として公的に禁止された。

それでもこの風習はすぐには消えず、多くの年配の女性たちの手には、今も欠けた指が残っている。

また、完全な形での儀式は行われなくなっても、指先を軽く傷つける、紐で強く縛って痛みを与える、赤い糸や草を結ぶといった形で、喪の表現は姿を変えて続いている。

死者を悼む風習、そのものが消えたわけではないからである。

一方で若い世代のダニの女性たちはスマートフォンを持ち、学校に通い、インドネシア語で会話している。

もちろん指は健全で、ネイルを塗る者もおり「愛する人を失っても身体を傷つけて悲しみを表現する必要はない」という考え方が広がっている。

この儀礼は、極限の環境で人びとが死と向き合うために編み出した一つの答えだった。

役目を終えても、愛する人を失ったときの悲しみそのものが消えたわけではない。その痛みをどう抱えて生きるかという問いだけが、形を変えて残り続けている。

参考 : Andira Devi Dwi Ayu ほか
The Tradition of Cutting the Fingers of the Dani Tribe as a Symbol of Mourning Located in Papua
Omnibus Law Journal(OLJ), Vol. 2, Issue 1, June 2022
文 / 草の実堂編集部

草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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