
画像 : 死亡したイラン最高指導者ハメネイ師 public domain
2026年2月28日、米国とイスラエルによる空爆を受け、トランプ米大統領がハメネイ師の死亡を発表し、翌3月1日にイラン国営メディアがその死亡を確認しました。86歳でした。
1989年の就任以来、約37年にわたってイランという国の頂点に立ち続けた人物が、突然この世を去ったことになります。
大統領よりも上位に位置する「最高指導者」は、軍の指揮権、司法の任命権、メディアの監督権を一手に握る、文字どおりの最高権力者です。
こうした統治体制を憲法に明確に組み込み、半世紀近く維持している国は、現代の主要国のなかでは極めて例外的です。
なぜイランだけがこのような体制を維持しているのか。その背景を理解するには、イランが歩んできた特異な歴史を見る必要があります。
イランの統治構造はなぜ「特殊」なのか
イランの政治体制の根幹にあるのは、「ヴェラーヤテ・ファギーフ(法学者の統治)」と呼ばれる思想で、イスラム法の専門家が、国家統治の最高権限を持つべきだとする考え方に基づいています。
この思想を政治理論として体系化したのが、1979年のイラン・イスラム革命を主導したルーホッラー・ホメイニ師です。

画像:イラン・イスラム革命の際、帰国したホメイニ師 public domain
政治と宗教の分離を根本から否定したホメイニ師は、世俗的な法律ではなく「イスラム法(シャリーア)」に基づいて国を運営すべきだと主張し、その理論を国家の制度にそのまま組み込んでいます。
具体的な仕組みは以下の通りです。
・最高指導者:国家の頂点に立つのは大統領ではなく、宗教的権威である最高指導者。任期の定めはなく、「専門家会議」と呼ばれる宗教法学者の議会によって選出される。
・護憲評議会:国会が成立させた法律は、すべてこの機関がイスラム法との整合性を審査し、不適合と判断されれば差し戻される。
・選挙制度:選挙は存在するが、立候補者の大半は護憲評議会の資格審査で排除されるのが実態。
つまり民主主義の形式を備えながら、宗教指導層が最終的な決定権を握る構造になっています。
20世紀後半に、憲法に基づく宗教統治の制度をゼロから設計し、それを約50年にわたって維持してきた国家は、イランを除けばほとんど例がありません。
1996年、アフガニスタンでタリバンがイスラム国家を樹立しましたが、国際的な承認はほとんど得られず、わずか5年で崩壊しています。
なぜ宗教国家が「生まれた」のか
イランはもともと宗教国家だったわけではありません。むしろ20世紀の大半は、急速な近代化と世俗化を推し進めていました。
1925年に成立したパフレヴィー朝は、トルコのアタテュルクを手本にした西洋型の近代化政策を展開して、教育制度を世俗化し、司法からイスラム法の影響を排除することで女性の社会進出を促しました。
1963年に始まった「白色革命」では、農地改革や女性参政権の導入など、大規模な改革を実行しています。
しかし、この近代化には深刻な矛盾があったのです。
・経済格差の拡大:石油収入がもたらす富は都市部の富裕層に集中し、農村部との格差が広がった。
・宗教的アイデンティティの危機:西洋的な価値観の強制は、イスラム教を生活の基盤としてきた人々のアイデンティティを脅かした。
・根深い反米感情:1953年にモサデク首相が石油国有化を進めた際、米英がクーデターで政権を倒した歴史が、国民の不信を決定的にした。
こうした不満の受け皿になったのがホメイニ師でした。
パリに亡命しながら反体制運動を指導していたホメイニ師のもとに、宗教界だけでなく左翼組織や学生運動まで幅広い層が合流していきました。

画像:イラン・イスラム革命によって失脚したモハンマド・レザー・シャー public domain
1979年のイラン・イスラム革命によって、国王モハンマド・レザー・パフレヴィーは国外に脱出し、イラン・イスラム共和国が樹立されています。
「近代化が進んだ結果として宗教国家が生まれる」という逆説が現実になった瞬間でした。
近代化理論の「例外」としてのイラン
政治学や社会学には「近代化理論」と呼ばれる考え方があります。
経済が発展し、教育水準が上がり、都市化が進むと社会は世俗化し、宗教の政治的影響力は低下するという見方です。
20世紀の西欧諸国や東アジアの発展は、おおむね「近代化理論」に沿って進みました。
イランはこの理論に対する最大の反証となっています。
前述した通り、経済成長と都市化が進んだにもかかわらず、到来したのは世俗化ではなく宗教国家の樹立であり、しかも一時的な現象ではなく、1979年から2026年の現在に至るまで、約47年間にわたり現体制が維持されてきたのです。
近代史において、イランは「例外中の例外」といえます。
ハメネイ師亡き後のイラン

画像 : イラン最高指導者ハメネイ氏 CC BY 4.0
ハメネイ師の死亡は、これまでの体制を根幹から揺るがす出来事です。
ヴェラーヤテ・ファギーフの制度上、後継の最高指導者は専門家会議が選出します。しかし37年間にわたって権力を集中させてきた人物の後任を短期間で円滑に決められる保証はなく、権力闘争が表面化する可能性があります。
同時に注目すべきは、イラン社会の内側で進む変化です。革命から47年が経過し、国民の約6割は革命後に生まれた世代が占めています。
若年層を中心に厳格な宗教統治への不満は年々高まっており、経済制裁による経済的な困窮が政権に対する不満をさらに加速させています。
2022年には若い女性が道徳警察の拘束下で死亡した事件をきっかけに「女性、命、自由」を掲げるデモが全国に広がり、2025年末にも経済危機を発端とする大規模デモが勃発しました。
終わりに
近代化が進めば宗教の影響力は後退するという理論に逆行し、イランは20世紀後半に宗教国家を作り上げた例外的な国です。
ハメネイ師の死亡により約47年間続いたイランの統治体制は、初めて指導者不在の局面を迎えました。
こうした特殊な歴史を踏まえて、このあとイランがどこへ向かうのか。今後の動向に注目していきたいところです。
参考文献
『詳説世界史』(山川出版社、2023年)。
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部
























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