生物の命名ルール
恐竜は絶えず発掘と研究が進んでおり、毎年のように新種の恐竜や人気の恐竜に関する新たな発見が世間を驚かせている。
1824年にメガロサウルスが命名されてから2021年までの197年間に、数えきれないほどの恐竜に名前(学名)が与えられて来たが、一部の化石しか発見されていないものが大半であり、これまで同じ恐竜と思われていたものが違う恐竜と判明(ブラキオサウルスとジラファティタン)する事もあれば、これまで別の恐竜と思われていたものが後になって同じ恐竜だったと判明する事もザラにある。
後者の場合、カール・リンネによって提唱された「同じ動物の学名は最初に与えられた学名を優先する」というルールが適用されるため、後から発見された恐竜の名前は「無効名」となり、業界から名前が消える事になる。(公的な場から名前は消えてもシノニム「別名」という形で名前は残るため完全に存在が抹消される訳ではない)
勿論、それは恐竜に限った話ではないのだが、恐竜に範囲を絞って無効名になった恐竜をリストアップすると、割と有名な恐竜の名前がある事に驚かされる。
今回は、史上最大の恐竜として世界を驚かせたものの、後の研究によって無効名となった「伝説の超巨大恐竜」を紹介する。
ウルトラサウロスの数奇な運命
20世紀終盤まで、最大の恐竜として名前が知られていたのはウルトラサウロスだった。
筆者の思い出話になってしまうが、誰もが知る人気作品である『ドラえもん』のエピソードで、ウルトラサウルスが見たいという出来杉の願いを叶えるためドラミ(ドラえもんは所要で不在)がタイムマシンでのび太、しずか、出来杉とともにジュラ紀に向かうという話がある。
巨大恐竜が登場するエピソードだったため、小学生だった当時、録画したビデオを何回も見返した事をよく覚えている。(調べたら1998年4月3日放送の『ジュラ紀でドラミが大ピンチ』という回だった)
この思い出話に疑問を持たれた方は鋭い。
ウルトラサウ「ロ」スの紹介をするのに、何故ウルトラサウ「ル」スの話をするのか。
両者の違いは何なのか。(両者の違いは後で解説するが、それまで今回の主役となる恐竜は「ウルトラサウロス」で統一する)
そもそも、ウルトラサウロスもそれなりに有名な恐竜で図鑑にも載っているはずだ。
それらの疑問はごもっともである。
次に、ウルトラサウロスの発見から改名までの経緯を辿る。
ウルトラ級の発見と改名騒動
1979年、コロラド州ドライメサで巨大な恐竜の化石が発見された。
肩甲骨を含む発見された化石の数々は当時最大級のものであり、発見者のジェームズ・ジェンセンによって「ウルトラサウルス」という名前が「非公式」に名付けられた。
「非公式」と強調したように、この名前は正式に命名された訳ではなく、誰かがウルトラサウルスと命名すればそれが正式名称として使える状態だった。
そして、1983年に韓国で発見された竜脚類恐竜に韓国人学者のキム・ポンキュン(김봉균 金鳳均)が正式な学名としてウルトラサウルスと名付けたため、アメリカで発見された恐竜にウルトラサウルスという名前が使えなくなってしまった。
発見から4年も経って何故正式に発表しなかったのかという話になってしまう(完全に新種と断定されるまで発見された恐竜が名無しのまま数年過ごす例は少なくない)が、学名は「早い者勝ち」である。
非公式とはいえ世に知られていた恐竜の名前を使ったキムにも問題がないとは言わないが、仮の名前でも世に出しておけば誰も使われないだろうと考えていたジェンセンのボーンヘッドとあえて言いたい。
ジェンセンのボーンヘッドによって改名を余儀なくされたウルトラサウルス(仮)は、ジョージ・オルシェフスキーによって1991年に「ウルトラサウロス」と命名され、改名騒動は決着する事になった。
もっとも、韓国でウルトラサウルスという恐竜が発見されていた事を知っている人間や、ウルトラサウロスの改名に関する情報や経緯を解説した資料は25年ほど前の日本では非常に乏しく、これまでウルトラサウルスと思っていた恐竜がいきなりウルトラサウロスに名前が変わった事は、筆者を含む多くの恐竜ファンに驚きと混乱を与えた。
消えたウルトラサウルスとウルトラサウロス
ウルトラサウルスという名前が先に命名されていたと知らなかった事もあるが、ウルトラサウロスという名前に馴染めず、筆者は頑なにウルトラサウルスと呼んでいたが、話はこれだけでは終わらなかった。
ウルトラサウロスの研究が進むと、部分的に発見されていた化石がそれぞれスーパーサウルスとブラキオサウルスだった事が判明し、ウルトラサウロスは二つの恐竜の合体によって間違って復元された「キメラ恐竜」だった事が明らかになる。
こうなってしまうとウルトラサウロスという恐竜の存在自体が疑わしいものになり、恐竜ファンに夢と想像力を与えたウルトラサウロスの名前は無効名となって呆気なく姿を消す事になった。
一方、先に名前を発表して一瞬だけ話題になったウルトラサウルスも、当初はウルトラサウロスに匹敵する超巨大恐竜と思われていたが、化石を調べた結果実際はそこまで大きな恐竜だった訳でなく、発見された化石も証拠として不十分だった(新種とも既存種とも判断出来ない)ため、ウルトラサウルスも疑問名となり、ウルトラサウロスともども恐竜の世界から姿を消す事になってしまった。
消えた超巨大恐竜のその後
20世紀終盤になると、サウロポセイドンにアルゼンチノサウルスといった推定全長30メートルオーバーの超巨大恐竜の化石が続々と発見され、ウルトラサウロスは「参考記録」として持っていた最大の恐竜の称号を、名実ともに明け渡す事になる。
元から存在自体が抹消されていた上に、最後のアイデンティティだった最大の恐竜という称号も失ったウルトラサウロスは、その後の資料でも名前を見る事がなくなり、文字通りの「消えた恐竜」となった。
子供の頃から馴染みの深かった恐竜が存在しないと判明した時は少なからずショックではあったが、史上最大の恐竜と騒がれた発見に改名騒動、そして無効名による学名の抹消と、ウルトラサウロスの辿って来た歴史は非常に濃いものだった。
専門家の間でウルトラサウロスの名前が使われる事はなくなってしまったが、ファンの間では伝説の超巨大恐竜として今後も語り継がれていくだろう。
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