消滅の後に復活した「雷竜」
筆者が恐竜と出会った頃、竜脚類は雷竜(カミナリ竜)と呼ばれる事があった。
その巨体から、歩く度に雷のような轟音が響いていたというイメージから生まれた分かりやすいネーミングだが、雷竜といえば、つい最近「雷トカゲ」の名を冠した恐竜が復活してファンや専門家を騒がせた。
今回は、一度消えながら復活を果たしたブロントサウルスを紹介する。
化石戦争中に発見された巨大恐竜
アメリカの古生物学者、オスニエル・チャールズ・マーシュとエドワード・ドリンカー・コープによる化石戦争がアメリカ国内を賑わせていた1879年、コロラド州のモリソン層でマーシュによって、状態良好な竜脚類の化石が発見された。
マーシュとコープの化石戦争とは 「二人の学者による壮絶な恐竜の化石発見競争」
https://kusanomido.com/study/fushigi/dinosaur/53366/
マーシュはその恐竜に「ブロントサウルス」と命名した。
その後も部分的ではあるがマーシュの存命中に更なる化石が発掘され、化石戦争の真っ只中に発見された話題性に加え、全長20メートルを超える巨体もあって、ブロントサウルスは高い知名度を誇る恐竜になった。
消えたブロントサウルス
ブロントサウルスは、一度消滅しながら復活を果たした稀有な存在である。
紆余曲折を経てブロントサウルスという名前が消えたのは有名な話だが、まずはブロントサウルスの消滅の経緯から解説する。
前の項でブロントサウルスが発見されたのは1879年と書いたが、それより一足先の1877年にアパトサウルスとアトラントサウルスという恐竜が命名されていた。
そしてマーシュの死から4年後の1903年、ブラキオサウルスの発見で有名なエルマー・リッグスが、「アパトサウルスとブロントサウルスの間に別種と断定出来るほどの違いはない」と発表したのである。
そしてアパトサウルスが先に命名されていた事から、ブロントサウルスの名前が消える事になった。(これまで別種とされて来たAとBが同種と判断された場合、先に命名された名前が優先される。ただしT-REXのように有名になりすぎて各方面に影響が出る場合は例外)
補足をすると、マーシュもコープも少しでも多くの恐竜の名前を付けようとまともに化石の研究をせず、言ってしまえば雑な状態で命名したため、後の研究で大半の恐竜の名前が否定される事になり、ブロントサウルスもその一つだったのだ。(なお、アパトサウルスとほぼ同時期に命名されたアトラントサウルスは化石が少なく根拠に欠けるため疑問名となり、こちらはブロントサウルスと違い復活の気配はない)
但し、日本においては「雷トカゲ」という分かりやすく、かつ印象的な名前が浸透しすぎた事もあり、日本の図鑑ではアパトサウルスに「現在は使われていないが、かつてはブロントサウルスの名前で呼ばれていた」と事実上の同種として紹介されるなどその名前が消える事はなく、筆者が恐竜と出会った頃もブラキオサウルス、ディプロドクスとともに竜脚類の代表的な恐竜だった。
ウルトラサウロスやセイスモサウルスのように、名前が消えても有名すぎるために今でもそれなりの知名度を持った恐竜は存在するが、20世紀初頭に無効名とされながらもブロントサウルスの名前が21世紀になるまで語り継がれたのは、今思えば後の奇跡の伏線だったように思える。
ブロントサウルスの復活
名前が消えてからも、ブロントサウルスは『恐竜ガーティ』に『キングコング』といった有名な映画に出演するなど、映像の世界で大活躍を見せた。
1989年に発行された恐竜切手セットの中にもブロントサウルスの名前があり、米国郵政公社に「間違った知識を助長する」というクレームが入るほどだった。
ちなみに米国郵政公社は「業界ではアパトサウルスという名前で認識されているが、一般の人々にはブロントサウルスの名前で知られているためブロントサウルスの名前を使用した」と弁明している。
このように、恐竜の名前としては無効でありながらもブロントサウルスの名が人々から忘れられる事はなかったが、2015年にエマニュエル・チョップを初めとするポルトガルの研究チームが「ブロントサウルスは、アパトサウルスとは異なる別種の恐竜である」とする論文を発表し、一転してブロントサウルス復活の機運が高まることとなった。
チョップの論文
https://peerj.com/articles/857/
チョップがアパトサウルスとブロントサウルスを比較したところ、まずは頸椎の棘突起の形状が違いが確認され、アパトサウルスの方が首が太く、がっしりしている事が明らかになった。
勿論、違いはこの1点だけではない。
ブロントサウルスの肩甲骨の後面にある窪みがアパトサウルスにはなく、肩甲骨の丸みを帯びた突出部はブロントサウルスにしかない特徴だった。
他にもチョップは手骨の長さの比率など両者の違いを指摘し、「ブロントサウルスは、アパトサウルスとは別種の独立した恐竜である」と主張するとともに、世界の恐竜ファンにブロントサウルスの復活という大きな衝撃を与える事になった。
ブロントサウルスの現在
ここまで「ブロントサウルスの復活」と書いてきたが、実のところチョップの主張に対する反対意見が存在するのも事実であり、発表から9年経った今日でも、ブロントサウルスの独立が完全に認められたわけではない。(個人的には復活でいいと思うのだが、専門家の間でブロントサウルスの復活が公式に認められたという一定数の資料がないため、ブロントサウルスは厳密には事実上の復活であり、今後独立する可能性があるという認識で受け取っていただきたい)
そもそも、両者が生きていた頃の姿を見られないため、アパトサウルスとブロントサウルスの違いが、犬でいう交配を重ねた末に誕生したスピッツとポメラニアンのような系統的にかなり近い関係なのか、ゴールデンレトリバーとラブラドールレトリバーのように、外見は似ても系統的な繋がりは全くない関係なのかも分からない。
結局は、今後の更なる研究の進展に期待するしかないという結論になるのだが、アパトサウルス=ブロントサウルスという説は、チョップの発表から確実に弱まっている。
一人のファンとして、日本の博物館でもアパトサウルスとブロントサウルスが別の恐竜として並ぶ日を心待ちにしたい。
参考 : A specimen-level phylogenetic analysis and taxonomic revision of Diplodocidae | (チョップの論文)
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