幽霊は恐怖の象徴として語られることが多い。
しかし、中には「幽霊よりも生きている人間の方がよほど恐ろしい」と語る人々もいる。人間は戦争や搾取、環境破壊などによって世界中に悪影響を及ぼす存在でもあるからだ。
しかし、神話や幻想の世界には、そんな人間の悪意すら凌駕するような極めて悪質な「霊」たちの伝承が数多く残されている。
前回に引き続き
『世界の恐るべき悪霊たちの伝説』 〜2000匹の豚に憑りついた悪霊
https://kusanomido.com/study/fushigi/story/99133/
今回も世界に語り継がれる、おぞましき悪霊たちの伝説について解説を行っていく。
1. ガルラ
ガルラ(Galla)は、メソポタミア神話に登場する悪霊である。
冥界の女王「エレシュキガル」の忠実な僕であり、飲食を必要とせず、槍や葦筆(葦の茎から作られたペン。古代文明において重宝されていた)のように細長く、鋭利な姿をしているという。
ガルラは生者を冥界へと連行する死神のような存在であり、狙った標的はたとえ神であっても決して逃さないことから、大いに恐れられたそうだ。
神話では、次のようなエピソードが存在する。
(意訳・要約)
ある日、愛と豊穣と戦の女神・イナンナは、冥界に赴くことにした。
(理由は不明。戦争を仕掛けにいったも、単なる気まぐれとも言われている)しかしイナンナは、冥界の女王エレシュキガルに返り討ちにされ、命を落としてしまう。
その後、部下であるニンシュブルの尽力によって、イナンナは息を吹き返すことに成功した。
だが冥界の掟により、イナンナが現世に戻るためには、誰か一人身代わりを用意しなければならない。そこでイナンナは、自身の夫であるドゥムジを身代わりに指名した。
他の神々がイナンナの死を悲しむ中、ドゥムジだけは喪に服することもせず、なんだか楽しそうにしていたからだ。ドゥムジはあれよあれよとガルラに連行され、生きたまま冥界で暮らすことになったのである。
2. チュレル
チュレル(Churel)はインドやネパール、バングラデシュなど、南アジアを中心に伝わる女幽霊である。
生理中や妊娠中、出産直後に亡くなった女性が、チュレルに変容するとされた。
その姿は地域によって異なり、垂れた乳・膨らんだ腹・黒い舌などを持つ、醜い鬼婆のように語られることもあれば、容姿端麗だが口がなく、下半身が前後逆になっている異形として語られることもある。
南アジアではポピュラーな幽霊の一つであり、様々な伝承が世に伝わっている。
典型的な話として、美しい女性に化けたチュレルが男を誘惑するというものが挙げられる。
その妖艶な魅力に抗える者は少なく、健全な男性であれば、つい誘いに乗ってしまうのは想像に難くない。
だが、いざベッドインという時に、チュレルは本性である醜い怪物の姿に戻り、男の血や精気を吸い取って殺すのだという。
3. ベイコク
ベイコク(Baykok)はアメリカの先住民族、オジブワ族の伝承に登場する悪霊である。
五大湖周辺の森林を根城としており、その姿は骸骨のように痩せ細っているという。
アメリカの詩人ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー(1807~1882年)は、小説『ハイアワサの歌』において、インディアン神話を基にした数々のキャラクターを描いている。
その中で「ベイコク」は、赤く輝く目と半透明の皮膚を持つ怪物として描かれている。
ベイコクは血に飢えた殺人狂であり、金切り声を上げながら森の中を飛び回っているという。
獲物を見つけると、こん棒で殴りかかったり、不可視の矢を射るなどの方法で殺害する。
その後、犠牲者の内臓を引き摺り出し、ムシャムシャと貪り喰らうのだそうだ。
4. ハントゥ・ティンギ
マレーシアでは、妖怪や幽霊を総じて「ハントゥ」と言い表すそうだ。
その中でも「悪霊」と呼ぶに相応しい存在として、ハントゥ・ティンギ(Hantu Tinggi)が挙げられる。
この悪霊は、ボルネオ島の森林に生息しているという。
背が異常に高く、その身長は3m程とも、あるいは太陽に届かんばかりの体躯を持つとも伝えられている。
基本的に目に見えない不可視の存在であるが、稀にその姿が目撃されることがあるという。
だがその場合、目撃者はたちまち病気になってしまうとのことだ。
ボルネオの森では時折、巨木がメキメキと倒れるような轟音が響き渡る。
しかし音が鳴る方へ行ってみると、不思議にも木は1本も倒れていない。
これは、ハントゥ・ティンギが寝転がった際に発せられる音が、木が倒れる音に似ているからだとされる。
5. アバーシ
アバーシ(Abasy)はシベリアの先住民族、ヤクート人の伝承に登場する妖怪である。
闇の世界に潜む悪霊の一群であり、人間に害を為すために、しばしば地上に這い出てくると伝えられている。
その姿は様々であり、目・腕・足がそれぞれ一つしかない怪物とも、3つの頭と6本の手足を持つ、鉄の巨人ともいわれている。
また、異形のドラゴンに騎乗して現れることもあったそうだ。
アバーシは病気や狂気、異常性欲を引き起こす存在として、大変忌み嫌われていたという。
現代のヤクート人社会においても、アバーシはネガティブさの象徴とされ、「憎い・嫌い」などを意味する「абааһы көр(アバーシを見る)」という言葉が、日常会話で使われているとのことだ。
参考 : 『神魔精妖名辞典』『ファンタジィ図鑑』他
文 / 草の実堂編集部
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