ウナギは、栄養価が高く精力をつける食材として広く知られており、日本では古くから夏バテ対策の定番として親しまれてきた。しかし、近年の漁獲量の減少が深刻化しており、このままでは絶滅が現実のものとなる可能性が指摘されている。
そんなウナギだが、食卓だけでなく、人々の想像力をかき立てる存在でもある。古来、世界各地でウナギを題材にした神話や伝承が数多く生まれ、時には恐ろしい妖怪として描かれることもあった。
今回は、そうした驚異的な「ウナギ妖怪」の伝承について詳しく解説する。
1. 鰻男
鰻男(うなぎおとこ)は、岩手県雫石村に伝わる、好色なウナギの怪人である。
この妖怪に関する伝承は、以下である。
(意訳・要約)
雫石村の沼返という場所に住む家族の一人娘は、大変美しいことで有名だった。
その娘の元に、いつ頃からか謎の男が、夜這いをかけてくるようになった。
「あなたは誰ですか?」と娘が尋ねても、男は一言も喋らず、不敵な笑みを浮かべるばかり。
不審者の誘いなど普通は断るものだが、男は顔だけは良かったのか、娘も体をついつい許してしまったという。大切な娘が、正体不明の男と毎夜密会を続けていることに、両親は次第に不安を募らせていた。
そんなある日、娘の母親が、家の軒下から聞こえる不審な声を耳にする。「へっへっへ。長年の夢が叶い、ついに人間相手に子種を残すことができたぜ」
「それは素晴らしい。しかし正体がばれたら、お前の子は根絶やしにされるであろう」
「バレやしねぇよ。お前は心配性だな」
「人間をなめてはならぬ。端午の節句(5月5日)に使う五色の薬草を煎じて飲むことで、胎の子はたちまち水となる。そうなれば、お前の苦労も文字通り水の泡だ」なるほど、あの男は妖魔の類であり、娘は孕まされていたのか…と両親は理解した。
そこで、ショウブやヨモギといった薬草の汁を娘に飲ませたところ、化け物の子が生まれてくることはなかったという。
後で分かったことだが、あの男の正体は、近所の沼に生息するウナギの化身であったそうだ。
2. イクチ/あやかし
イクチとは、常陸国(現在の茨城県)などに伝わる、巨大な海の怪異である。
江戸時代の歌人・津村淙庵(1736~1806年)の著書「譚海」によると、イクチは夜になると現れるウナギに似た怪物であり、船にヌルリと乗り上げ、ゆっくりと通過をしていくという。
その全長は異常に長く、通過しきるのに3時間ほどかかるそうだ。
しかもその間、イクチの体からは絶えずドロドロした油が流れ出てくるため、船員たちは延々と油を汲み取って、海へ捨て続けなければならないという。そうしないと油の重みで、船が沈んでしまうからだ。
イクチがいなくなり、油を全て捨て終わっても、お次はベトベトになった甲板の掃除が待っているから堪らない。
できれば遭遇したくない、災害のような妖怪だといえよう。
また、妖怪画家・鳥山石燕の画集「今昔百鬼拾遺」においてイクチは、「あやかし」という名前で掲載されている。
昨今イクチは、このあやかしの名で紹介されることが多い。
3. トゥナ
トゥナ(Tuna)は、ポリネシア(ハワイやニュージーランド等)に伝わる、ウナギの神である。
この神にまつわる伝承には、さまざまなバリエーションが存在する。
その中でも典型的な例として、トゥナが英雄「マウイ」の妻「ヒナ」を寝取ろうとし、惨殺されるというものがある。
トゥナはウナギ特有のヌメりでヒナを誘惑するが、激怒したマウイに首を刎ねられる。
首は地中に埋められ、やがてその場所からは、ココナッツの木が生えてきたという。
好色な邪神扱いされることが多いトゥナだが、愛に満ち溢れた善神として語られる場合もある。
(意訳・要約)
昔々あるところに、ヒナという少女が住んでいた。
彼女が泉で水浴びをしていると、突然巨大なウナギが現れ、まとわりついてきた。
ウナギの全身は粘液にまみれており、ヒナはそのヌルヌルとした快感に堪え切れず、悶絶してしまう。それからヒナとウナギは、毎日のように逢瀬を重ねた。
ある時、ウナギは逞しい人間の男に変身し、ヒナを驚かせた。
ウナギは「トゥナ」と名乗り、ヒナと一緒に暮らしたいと言ってきたのだ。
ヒナはもちろん、これを快諾する。二人は幸せな夫婦生活を送っていたが、ある日突然、トゥナが別れを切り出してきた。
突然の申し出に、ヒナは困惑する。トゥナ曰く、これからこの地に大雨が降り、全てが海の中に沈むとのこと。
だがウナギの神である自分が生贄になることで、世界を救うことが可能なのだという。
あまりの衝撃に、ヒナは混乱したが、トゥナは優しく語りかけた。「雨が降り始めたら、私はウナギになって君のもとへ馳せ参じよう。そして私の首を斧で刎ね飛ばし、急いで山に埋めるのだ。いいね?」
そう言い残し、トゥナはヒナの前から姿を消した。
やがてトゥナの予言通り、大雨が降り始め、辺り一帯が水没し始めた。
しかしヒナは避難することなく、トゥナの到来を待ち続けた。しばらくすると、トゥナがウナギの姿でヌルリと現れたので、ヒナはすかさず斧で首を切り落とした。
そしてその首を、山の頂に埋めた瞬間に、雨はピタリと止んだ。数年後、トゥナの首を埋めた場所から一本の木が生えてきた。
ココナッツが実るヤシの木、すなわちココヤシだ。ココヤシは実も葉も枝も余すことなく利用され、ポリネシア文化の形成に一役買ったのである。
参考 : 『妖怪図鑑』『ハワイの神話と伝説』他
文 / 草の実堂編集部
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