
画像 : 河鍋暁斎 作「百鬼夜行」 public domain
「百鬼夜行」をご存じだろうか。
平安から室町時代にかけて語り継がれた、夜道を練り歩く妖怪の行列のことである。
百鬼夜行に出会えば命を落とすと信じられていたため、人々はひどく恐れ、夜間の外出を慎んだという。
また、百鬼夜行を描いた「百鬼夜行絵巻」は、室町から江戸時代にかけて庶民の人気を集めた。
この百鬼夜行に似た存在が、ヨーロッパ各地の伝承に登場する「ワイルドハント」である。
ワイルドハントは百鬼夜行と異なり、地上だけでなく天空を駆け巡る姿で語られ、妖怪や精霊のほか、神話の神や英雄が加わる場合もある。
多くの地域では、この一団に遭遇すれば死や災厄に見舞われると信じられ、畏れられてきた。
今回は、欧州版百鬼夜行ともいえる「ワイルドハント」について解説していく。
ワイルドハントの基本情報

画像 : ペーテル・ニコライ・アルボ作 『ワイルドハント』 public domain
ワイルドハントは、ヨーロッパ各地に伝わる異形の集団である。
特に北欧型の伝承では、毎年10月31日から翌年4月30日までのあいだ、天空を駆け巡るとされる。
この期間は、冬の訪れから春の到来までに相当し、時には嵐や不吉な出来事の前触れとして語られる。
多くの物語では、遭遇した者は死や病などの災厄に見舞われ、命を落とした者は亡霊として一団に加えられるともいう。
一方で、敬意を払い、供物や助力を与えた者は、贈り物や幸運を授かるという例もある。
10月31日はハロウィンにあたり、死者や異界の存在が現世を行き来するとされた日である。
また、4月30日は「ワルプルギスの夜」と呼ばれ、春の訪れを祝う祭や儀式が行われた。
古代において、作物が枯れ果てる冬は「死」の季節であり、逆に作物が実る春は「生」の季節であった。
この生と死のサイクルを、古代の人々はワイルドハントという怪物集団に例えて、表現したのだと考えられている。
起源

画像 : ヤーコブ・グリム public domain
グリム童話で知られるグリム兄弟の兄、ヤーコブ・グリム(1785~1863年)は、著書『Deutsche Mythologie』の中で、ワイルドハントの起源をゲルマン民族の伝承、すなわち北欧神話に求めた。
北欧神話の主神であり、死と魔術を司る神オーディンは、しばしば他の神々や精霊を従えて天空を駆け巡る存在として描かれる。
この神々の行列は、かつては吉兆や凶兆をもたらす超自然的な現象とみなされ、畏敬とともに受け止められていたという。
しかし、ゲルマン社会にキリスト教が浸透するにつれ、こうした異教の神々は一神教の教義に沿うよう解釈が変えられていった。
「オーディンは邪神として描かれ、その率いる一団は災厄だけを象徴する恐ろしい悪霊の群れとされるようになった」とヤーコブは論じている。

画像 : オーディン public domain
しかし、この見解に異を唱える研究者もいる。
歴史学者のロナルド・ハットン(1953年~)は、ヨーロッパ各地のさまざまな伝承が複雑に混ざり合った結果、ワイルドハントの伝説が生まれたと主張した。
その起源をゲルマン人の伝承のみに限定したヤーコブに対し、いささか物事を矮小化しすぎではないかと指摘している。
各地の伝承

画像 : アーサー王 public domain
ハットンの指摘の通り、ヨーロッパ各地には異形の集団にまつわる多様な伝承が残されている。
ここではその一部を紹介しよう。
イングランドやウェールズでは、かの有名な「アーサー王」が、ワイルドハントの首領を務めるパターンの伝承が存在する。
アーサー王はブリテン島の伝説的な英雄であり、円卓の騎士団を従え、聖剣エクスカリバーを手に数々の武勲を打ち立てた人物として名高い。
彼は死後、アヴァロンという楽園にて眠っており、ブリテン島に危機が迫った際には復活し、人々を救うと語られている。
そんなアーサー王だが、いつの間にやらワイルドハントと習合され、円卓の騎士団や黒い猟犬を従えて、ブリテン島上空を駆け巡る姿で伝えられるようになった。
また、フランス東部(特にアルザス地方)では「ホレおばさん」と呼ばれる存在がワイルドハントを率いるという。
ホレおばさんはドイツに古くから伝わる女神的存在で、『グリム童話集』にも登場する。
井戸の底に広がる草原の一軒家に住み、善良な者には黄金などの幸を授け、悪しき者にはコールタールを浴びせる罰を与えるとされる。
この地方の一部では、彼女の率いる一団が子供の幽霊で構成されるとされ、大人には見えず、子供だけがその姿を目にできるという。
しかも危害を加えることはなく、むしろ小さな贈り物を渡す、という話も伝えられている。

画像 : ホレおばさんと少女 public domain
スイスのヴァレー州には、シュヌグーダ(la chenegouda)と呼ばれる、ワイルドハントに似た魔物の伝承が残っている。
これは姿の見えない悪霊の一団で、真夜中に突如として現れ、異様な騒音を響かせながら通り過ぎるという。
その音は豚の鳴き声のようだとも、金属音と叫び声が混じったようだとも形容され、村人たちを不安に陥れたとされる。
バルカン半島の南スラヴ人には、トドルチ(Todorci)と呼ばれる怪物の群れに関する伝承がある。
外見は一見すると外套をまとった騎兵だが、よく見ると馬の下半身と人間の上半身を併せ持つ、いわばケンタウロスのような姿をしている。
キリスト教における四旬節(肉や乳製品の摂取を禁じる期間)にこの戒律を破った者は、トドルチたちに追われ、襲われると信じられてきた。
こうして見ていくと、ワイルドハントの姿や性質は地域によって異なりながらも、「夜を駆ける異界の一団」という点は一致している。
古代から現代に至るまで、ワイルドハントは人々の想像力をかき立て、畏怖と魅了の念を抱かせ続けてきたのである。
参考 :『Deutsche Mythologie』『The Wild Hunt and the Witches’ Sabbath』他
文 / 草の実堂編集部
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