「火の鳥」といえば、故・手塚治虫氏の名作漫画や、作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキー氏によるバレエ音楽などが思い浮かぶだろう。
それら作品の大元ともいえる存在が、ギリシャ神話における神秘の鳥・フェニックスである。
この想像上の鳥は、約500年ごとに焼身自殺をし、そして灰の中から蘇ることから、不死鳥・火の鳥などと呼ばれた。
神話や伝承において、「火」と「鳥」は密接な関係を持つ事が多く、世界には数多くの「火の鳥」の伝説が語り継がれている。
今回はそんな、火にまつわる鳥の怪物たちについて、解説を行っていく。
1. ベンヌ
ベンヌ(Bennu)とは、古代エジプトに伝わる神秘の鳥であり、フェニックスのルーツとなった鳥である。
その姿は、青色のアオサギの形で表されることが多い。(アオサギはその名前に反し、特に青くはない)
普段は「イシェド」という、聖なる樹木に留まっているという。
伝承によれば、ベンヌは太陽が沈み、夕暮れになる頃には死んでしまうそうだ。
だが、朝になり太陽が上ってくると、ベンヌは再び息を吹き返すという。
このことから、この鳥は太陽そのものを象徴した存在だと考えられている。
また、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、以下のように語っている。
(意訳・要約)
ヘリオポリス(古代エジプトの都市)の人間が言うには、エジプトには不死身の神秘的な鳥がいるそうだ。
この鳥の寿命は500年だが、己の死骸の中から復活する。
残された死骸を、この鳥は没薬(防腐剤)で丁寧に包み、卵のような形にする。
最後にその卵を、ヘリオポリスの太陽の神殿に運ぶ。
この鳥はワシに似ており、羽の色は赤と金で、まるで太陽のようだという。
エジプトの創世神話においても、ベンヌは重要な役割を果たしている。
かつて世界は、混沌たる原初の海が広がるだけであった。
やがて海から太陽の卵が誕生し、丘の上に打ち上げられた。
その卵を抱いて孵化させたのが、ベンヌだとされている。
太陽の表面温度は約6000℃といわれ、さらにその周囲には100万℃を越える太陽コロナが渦巻いている。
こんな太陽を温めて孵化させるのだから、ベンヌもまた、恐るべき火の鳥に違いないのである。
2. 波山
波山(ばさん)とは、伊予国(現在の愛媛県)に伝わる火の鳥である。
江戸時代の妖怪図鑑『絵本百物語』において、その存在は描かれている。
見た目はニワトリのようだが、鶏冠(とさか)がすこぶる発達しており、口からは怪しげな炎を吐き出すことができるという。
不思議なことに、この炎は触っても熱さを感じず、草木を燃やすこともないそうだ。
日中は、竹藪の奥深くにひっそりと潜んでおり、人前に姿を現すことはない。
しかし夜になると、バサバサと騒がしく翼をはためかせ、周囲の村々の人々を脅かしたという。
この「バサバサ」という怪音が、この妖怪の名前の由来だといわれている。
波山のモデルは、インドネシアやオーストラリアに生息する「ヒクイドリ」ではないかという説がある。
実は江戸時代には既に、南蛮貿易によりヒクイドリが日本に輸入されていた。
寛永12年(1635年)、平戸藩が幕府にヒクイドリを献上したという記録が、日本における最古のものだとされる。
江戸時代の絵巻物『薩摩禽譜圖巻』において、ヒクイドリは「ダチョウ」の名で紹介されている。
他にも百科事典『和漢三才図会』では、「食火鶏」「馳蹄雞」といった名で、ヒクイドリの解説が書かれている。
波山は人を怖がらすだけの無害な存在であるが、ヒクイドリは極めて狂暴な鳥であり、鋭い鉤爪で敵を蹴り殺す危険な生物だ。
人的被害も多く、時には死亡事故さえ起きることがある。
実在の動物が誇張されて、とんでもない化け物の伝承が生まれることは、往々にしてあることだ。
しかし、元ネタの方が伝承よりも遥かに危険という例は、なかなか珍しい。
3. ヒザマ
ヒザマとは、鹿児島県奄美群島・沖永良部島(おきのえらぶじま)に伝わる、火災を引き起こす恐るべき怪鳥である。
その姿は頬の赤いニワトリそのものだが、胡麻塩色の羽が特徴的だという。
家に空の水瓶や桶を置いてあると、どこからともなヒザマが入り込んで棲みつくという。
そうするとその家は、火事になって焼け落ちてしまうと考えられていた。
これを防ぐために、器を逆さまに伏せて置くか、水を満タンに入れておくことが、現地では推奨されていたそうだ。
もしヒザマに棲みつかれてしまったら、家が燃えてしまう前に、速やかにユタ(沖縄県や奄美群島における祈祷師・シャーマン)に連絡し、お祓いを行わなければならないという。
沖永良部島ではヒザマに対する畏れから、胡麻塩色の羽根を持つニワトリを飼うことは禁忌とされたそうだ。
4. 畢方
畢方(ひっぽう)とは、中国に伝わる大火をつかさどる怪鳥である。
古代中国の妖怪図鑑「山海経」にて、その存在が言及されている。
この鳥は「章莪」という荒れ果てた山に生息しているとされ、その見た目は鶴によく似ているそうだ。
しかしその足は一本しかなく、クチバシの色は白、体色は青をメインに赤々とした斑点がついているという、毒々しいカラーリングをしている。
鳴き声は「ヒッポーヒッポー」と聞こえ、これが名前の由来になったといわれている。
畢方が現れた場所では、もれなく火元不明・原因不明の火事が起こるとされ、人々に恐れられたという。
参考 : 『全国妖怪語辞典』『幻想世界の住人たち』他
文 / 草の実堂編集部
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