神話や伝説に登場する怪物というのは、大抵の場合、その姿形がはっきりと描写されているものだ。
しかし一方で、能力や行動については語られていながら、姿が確認されていない怪物も少なくない。
人間は、得体の知れないものに恐怖を覚える生物だ。
正体が不明瞭という事実は、それだけで我々の恐怖を倍増させる。
今回は、そんな「姿が不明瞭な」怪物たちに焦点を当て、その恐ろしさや伝承について解説していきたい。
1. 野馬
野馬(のうま)は島根県に伝わる、人食い妖怪である。
名前に「馬」と付いてはいるが、本当に馬の妖怪かどうかは定かではない。
分かっているのは、一つ目であるということと、夜な夜な人間を喰らう、邪悪な妖怪であるということだけである。
島根県邑智郡日貫村には、次のような伝承が伝わっている。
ある夜、たたら場(製鉄所)にて、一人の作業員の男がぐっすりと眠っていた。
するとそこへ、どこからともなく謎の女が現れ、男に覆いかぶさってきた。
男は驚いて目を覚ましたが、それと同時に野馬のいななく声も聞こえ、恐れおののいた。やがて窓から、ヌゥーッと一つ目の恐ろしい野馬が顔を覗かせた。
しかし野馬は、謎の女の姿を見るや否や、尻尾を巻いて逃げ出した。
実は女の正体は、金屋子神という製鉄をつかさどる神であったそうだ。
さすがの人食い妖怪も、神の威光には逆らえないということだろう。
2. カリュブディス
カリュブディス(Charybdis)は、ギリシャ神話に登場する大渦の怪物である。
イタリアとシチリア島の間にあるメッシーナ海峡に、この怪物は生息するとされた。
その姿は渦そのものであるとも、あるいは魚やタコの姿をしているともいわれるが、定かではない。
カリュブディスは食事のために、一日に三回、周囲の海水を全て飲み込み、そして吐き出す。
この時、巨大な渦が巻き起こり、近くを通る船はもれなく巻き込まれ、乗組員全員が死亡する。
そのため船乗りは、カリュブディスがいるルートを避けて通るのだが、その場合は「スキュラ」という女怪物による襲撃を受けることになる。
スキュラは獰猛な人食い怪物であり、船乗りたちの犠牲は免れないが、それでも全滅するよりはマシということで、スキュラのいるルートを通らざるを得なかったという。
伝承によれば、カリュブディスは元々、海の神ポセイドンと大地の女神ガイアの娘であり、美しい水の精霊だった。
しかし、その美しさとは裏腹に、フードファイター顔負けの恐るべき健啖家であり、目につく食べ物を片っ端から平らげる、強欲な娘でもあった。
ある時カリュブディスは、神々が大切に育てていた牛を盗み、そして食べてしまった。
これに激怒した古代ギリシアの主神・ゼウスにより、カリュブディスは醜い怪物へと姿を変えられ、海の底へ追放されたという。
3. 牛打ち坊
牛打ち坊(うしうちぼう)は、阿波国(現在の徳島県)に伝わる、家畜に仇成す妖怪である。
寛政の時代に、横井希純という人物が記した「阿州奇事雑話」に、その記述がみられる。
例によって姿は明らかになってないが、徳島県は化け狸のメッカであるため、この妖怪もタヌキの姿をしているという説がある。
牛打ち坊は深夜に畜舎へと侵入し、牛や馬に齧り付いて生き血を吸う。
牛打ち坊は有毒の妖怪であり、恐ろしいことに、ほんの少しかすり傷をつけただけでも、牛馬はみるみるうちに死んでしまうという。
さらには、その視線にさえも毒があるといわれ、見られただけでも家畜は病気になって死んでしまうとされる。
対象を睨んだだけで殺す能力を「邪視」といい、世界には邪視を持つ、様々な怪物の言い伝えが残っている。
【見られたら即死?】邪眼を持つ怪物たちの神話・伝承 〜「バジリスク、ピロリスク 他」
https://kusanomido.com/study/fushigi/story/95809/
邪視を持つ怪物の大半は、大勢の人間を瞬時に殺す、大量殺戮兵器と言っても過言ではない化け物ばかりである。
この牛打ち坊も「邪視」の使い手ということになるが、その能力は家畜に限定されるため、ずい分マシな方だといえるだろう。
だが人間からしてみれば、大切な家畜を殺されるのだから、たまったものではない。
そこで牛打ち坊を退治するため、徳島県では毎年旧暦7月13日に、竹や藁で簡易的な小屋を作り、翌日に読経と共に焼き払う儀式が行われていたという。
こうすることで、牛打ち坊も一緒に焼け死ぬと考えられていたそうだ。
ちなみに、南米には同じように家畜の血を吸って殺す、「チュパカブラ」という未確認生物が存在すると言われており、現在でも目撃情報があるという。
牛打ち坊の正体は、このチュパカブラと類似する怪物ではないかという説がある。
4. カイアムヌ
カイアムヌ(Kaiamunu)は、パプアニューギニアに伝わる超自然的存在である。
パプア湾のデルタ地帯において崇拝されており、その姿は不可視だが、枝で編まれた怪物の姿で表現されることがある。
一説によれば、白亜紀に存在した、テリジノサウルスという恐竜と似た姿をしているという。
カイアムヌは成人の儀式に欠かせない存在であり、伝承によれば、カイアムヌは少年たちを一人ずつ丸飲みにする。
少年たちはカイアヌムの体内で浄化され生まれ変わり、吐き出された後は、立派な成人として認められることになるという。
参考 : 『日本妖怪大全』『神魔精妖名辞典』『Mythlok』他
文 / 草の実堂編集部
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