中国史

木蘭がどんな女性だったか調べてみた【ディズニー映画「ムーラン」の男装ヒロイン】

年老いた父親の身代わりに男装し、北方を脅かすフン族討伐に活躍した実在の歴史ヒロインを描くディズニー映画「ムーラン」

ディズニーならではのミュージカル調に演出されたスポ根アクションと恋愛が描写され、欧米人のオリエンタリズムを刺激して好評を博した作品ですが、実際のムーラン(木蘭)はどのような女性だったのでしょうか。

そこで今回は、彼女の活躍を描いた最古の記録とされる「木蘭詩(木蘭辞)」を紹介したいと思います。

ムーラン(木蘭)のプロフィール

新郷市にある木蘭替父従軍(父に替わって従軍する木蘭)像。Wikipedia(Kruuth氏)より。

ムーランの活動時期は未詳ですが、「木蘭詩」が中国南北朝末期の陳朝(557~589年)の釈智匠『古今楽録』に収録されていることから、南北朝時代(※1)の人物と見られます。

(※1)中国の南北朝時代は北魏(ほくぎ)が華北を統一した439年から、隋(ずい)が大陸を統一した589年までの約150年間(5~6世紀)を指します。

この時代に北方(あるいは西方)の異民族に脅かされたという描写、そして詩の文中に燕山(えんざん。中国北東部の地名)に比較的近い言及があるため、ムーランが住んでいたのは北魏(386~534年)かその後東西に分裂した東魏(とうぎ。534~550年)、あるいは北斉(ほくせい。550~577年)と見ていいでしょう。

※もっとも、この人たちも漢民族ではなく、北方からやって来た鮮卑(せんぴ)族と言われています。

ちなみに、この時期に中原(大陸中心部)の北方を脅かしていた異民族と言えば柔然(じゅうぜん。402~555年)、末期には突厥(とっけつ。552~582年)であり、ディズニー映画の設定(※2)とは異なります。

(※2)フン族は中央アジア~東欧地域で4~6世紀にかけて活動していた遊牧民族で、ヨーロッパ各地を荒らしまわった事から、欧米人には(歴史的に有名な敵役?として)馴染みが深かったためでしょう。

また、ムーランの姓についてはディズニーでも採用されている「花(ファ)」姓が有名ですが、住んでいたであろう国名の「魏(ウェイ)」姓、あるいはムーラン自体がフルネームであるとする「木(ムー)」姓など、諸説あります。

さっそく「木蘭詩」を読んでみる

さて、大まかな設定や時代背景が掴めたところで、本題の「木蘭詩」を意訳していきましょう(※めんどくさいと思った方は、この節を読み飛ばしても大丈夫です)。

唧唧復唧唧 木蘭當戶織
(今日も今日とて我が身をかこち ムーランは機織り暮らす)

不聞機杼聲 惟聞女叹息
(機織りの音も聞こえぬほど上の空 聞こえるのは溜息ばかり)

問女何所思 問女何所憶
(見かねた父がムーランに訊く 「何か悩みでもあるのか?」と)

女亦無所思 女亦無所憶
(ムーランは答えた 「いえ別に ただ……)

昨夜見軍帖 可汗大點兵
(……昨夜 王が北方の異民族討伐に兵を招集していましたが……)

軍書十二卷 卷卷有爺名
(……十二度もの招集令状には いずれもお父様の名前がありました……)

阿爺無大兒 木蘭無長兄
(……我が家には年老いたお父様以外に男性はいません……)

願為市鞍馬 從此替爺征
(……お願いです 私がお父様の代わりに出征しますので 鞍と馬を下さい」と)

東市買駿馬 西市買鞍韉
(そこでムーランは東で駿馬を買い 西で鞍を買い)

南市買轡頭 北市買長鞭
(南で轡を買い 北で鞭を買って旅の支度を整えた)

朝辭爺娘去 暮宿黃河邊
(そして出発の朝 両親に見送られて その日は黄河のほとりに野宿した)

不聞爺娘喚女聲 但聞黃河流水鳴濺濺
(ムーランの耳に入るのは 両親の声ではなく ただ黄河の水音ばかり)

旦辭黃河去 暮至黑山頭
(翌朝に黄河のほとりを出発して 夕方に黒山のふもとに到着した)

不聞爺娘喚女聲 但聞燕山胡騎聲啾啾
(ここでも聞こえるのは ただ燕山の異民族が駆る馬のいななきばかり)

萬里赴戎機 關山度若飛
(かくしてムーランは異民族の討伐に加わり 険しい山々を何度も越えた)

朔氣傳金柝 寒光照鐵衣
(身を切るような北風に 合図の銅鑼や拍子木が響き渡り 冴え渡る月の光が 鉄の鎧を寒々しく照らした)

將軍百戰死 壯士十年歸
(多くの将軍が討死する修羅場を乗り越えて十年が経ち すっかり益荒男のようになったムーランが凱旋した)

歸來見天子 天子坐明堂
(ムーランは 明堂におわす皇帝陛下の御前に上がった)

策勳十二轉 賞賜百千强
(策略によって十二の勝利を収めたムーランは 山ほどの恩賞を賜った)

可汗問所欲 木蘭不用尚書郎
(王が望みを尋ねたところ ムーランは尚書郎の官職を辞退し)

願借明駝千里足 送兒還故郷
(日に千里を走る駿馬を借りて 故郷に早く帰りたいと願った)

爺娘聞女來 出郭相扶將
(願いは聞き届けられ 故郷に錦を飾ったムーランを両親は喜び迎えた)

阿姊聞妹來 當戶理紅妝
(姉はムーランの帰還を喜び お化粧を直してあげた)

小弟聞姊來 磨刀霍霍向豬羊
(弟はムーランの帰還を喜び 牛刀を研いで豚や羊を屠った)

開我東閣門 坐我西間床
(ムーランは自分の部屋に戻って ベッドでくつろいだ)

脫我戰時袍 著我舊時裳
(軍用マントを脱いで お気に入りの服に着替えると)

當窗理雲鬢 對鏡貼花黃
(髪を女性らしく結い直して 髪に花を挿した)

出門看伙伴 伙伴皆驚惶
(そして家から出て来たムーランを見た戦友たちは 誰もが驚いて言った)

同行十二年 不知木蘭是女郎
(十二年共に過ごして来たが ムーランが女だとは思わなかった)

雄兔腳撲朔 雌兔眼迷離
(するとムーランは言った 古来「追われる兎のオスは蹴つまずき、メスは目が泳ぐ」と言うでしょう……)

兩兔傍地走 安能辨我是雄雌
(……走っている二羽の兎を見て どっちがオスかメスか 見分けなんてつくものかしら?と)

ストーリーをまとめると、こんな感じ

「あぁ、お父様が兵隊にとられてしまう……」憂鬱な木蘭(イメージ)。

日課の機織りに勤しみながら、ムーランは憂鬱でした。

それと言うのも、年老いた父が異民族討伐の兵隊にとられそうだったからです。

家には他の男性もいないため、意を決したムーランは性別を偽って軍隊に志願。

故郷を旅立ったムーランは、山々を越えて寒さに耐え、多くの将軍が戦死するほど激しい戦闘を生き抜きました。

十年の戦いを経て、男のように逞しくなったムーランは皇帝陛下に謁見し、数々の勲功を称されます。

更に尚書郎の官職を授けようとした陛下ですが、ムーランはそれを辞退して言いました。

「出世や栄達は望みません。一日も早く両親に会わせて下さい」

願いは聞き届けられ、久しぶりに帰郷したムーランは、家族の大歓迎を受けます。

姉は化粧を直してあげて、弟(ムーランの出征後に誕生)は豚や羊を料理しました。

ムーランは自分の部屋に戻ってベッドで暫しくつろぎ、髪を結い直して花を挿すと、ついて来ていた戦友たちは驚きます。

「今まで十二年間ムーランと過ごしてきたが、まさか女性とは思わなかった」

するとムーランは得意げに言いました。

「二羽の兎が走っていて、そのオスメスなんて見分けがつくものかしら」

……めでたし、めでたし。

ムーランの活躍まとめ

「木蘭詩」の断片的な情報から、以下のことが判ります。

一、年老いた父親に何度も徴兵令状が来ており、他に男性がいなかったため、ムーランは性別を偽って出征したこと
一、異民族との戦いが十年の永きにわたったこと
一、激しい戦いを生き抜いたムーランは、男のようにたくましくなっていたこと
一、この国は「可汗(ハーン。王)」の上に「天子(皇帝)」を奉戴する支配体制であること
一、ムーランは戦功によって厚く賞せられたこと
(※策勲十二轉を、ここでは策略によって「十二度の勝利を収めた」としましたが、「十二階級特進」とする説も)
一、ムーランは与えられた尚書郎の官職を辞退して帰郷したこと
一、ムーランには姉がいて、また出征中に弟が出来た(父親の年齢的に、養子をとったのであろう)こと
一、戦友たちは十二年間(戦闘十年間ほか、訓練や行軍など二年間)、ムーランが女性だと気づかなかったこと

……ちなみに「雄兔腳撲朔 雌兔眼迷離(兎のオスは蹴つまずき、メスの眼は泳ぐ)」とは、恐らく「(追われるように慌てていると)キチンと判断・対処ができない」と言ったことわざで、死に物狂いで駆けずり回っている時に、仲間の性別など気にする余裕はなかった筈だ、とでも言いたかったのでしょう。

父の名代として過酷な試練を乗り越えた木蘭。

それにしても、十二年間一緒にいた戦友たちが女性だと気づかないほどだったとは、よっぽど男性らしく振舞ったのでしょうが、きっと「父の名代として、恥ずかしくないよう」懸命に演じていたのだと思うと、健気な孝行心に胸を打たれます。

そんなムーランの活躍は、後に詩歌や戯曲、小説や映画などさまざまなメディアで表現され、多くの作品が現代に親しまれています。

※参考文献:
松枝茂夫 編『中国名詩選 中』岩波書店、1984年
石川忠久 編著『漢魏六朝の詩 下』明治書院、2009年
橘高弓枝 訳『ムーラン ディズニーアニメ小説版』偕成社、1998年

角田晶生(つのだ あきお)

角田晶生(つのだ あきお)

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