中国史

毛沢東の遺体について調べてみた 「防腐処理され記念館で展示」

毛沢東とは

毛沢東の遺体について調べてみた

毛沢東は、中華人民共和国を建国した中心人物である。

今だに彼の本はベストセラーで、多くの中国人はやはり彼を崇拝視している。

毛沢東は1976年9月9日0時10分、北京にて死去した。享年83歳であった。

亡くなってから既に50年近く経っているが、毛沢東の遺体が防腐処理されエンバーミング(遺体衛生保全)されていることをご存知だろうか?

毛沢東の死に対する色々な発言

彼は生前に自分の死について多くのことを語っている。

「もし私が死ぬとしたら、この五つの原因以外に考えられない」

1:銃で打たれる
2:電車に乗っていて、電車が横転する
3:毎年恒例の遊泳中に溺れ死ぬ
4:細菌に体を乗っ取られる
5:飛行機が墜落してきて押し潰される

「私は魚を沢山食べてきた。死後は火葬にして、灰を長江の魚にやってくれ。そして魚にこう言うんだ。(彼は生前沢山お前たちを食べてきた。今度はお前たちが食べる番だ。食べて太り、人民に奉公するのだぞ。)」

「お前も私の元で長く仕事をしていたらわかるだろう?私の遺体は火葬にするのだ。残してはいけない、国民の負担を増やしてはいけない。私はそう書き残す。」

彼自身は火葬を希望しいた。

ところが現在まで毛沢東の遺体は丁重に保存され、記念館でいわば「展示」されている。

水晶の棺

毛沢東の遺体について調べてみた

水晶の棺に横たわる毛沢東

現在北京の天安門広場にある毛主席記念堂には毛沢東の遺体が保管されている。

その棺は水晶でできている。水晶は中の物質を冷却し、腐敗を防ぐ。

水晶で棺を作るには長さ2m、幅1mの一枚板の水晶が必要となる。なかなかそのサイズの水晶は見つかる訳もなく、小さな水晶を一枚一枚溶接し一つの大きな板を作ることになった。

水晶の融点はなんと2000度を超え、溶けた一瞬の間につなぐ必要がある。技術者は分厚い保護服を着用し、足は水の中に入れて作業したという。

出来上がった水晶の濃度は6つの99.9999%。世界で例を見ないほどの棺である。
1977年8月、水晶の棺はついに日の目をみることとなった。

この水晶の棺は低温、遮光、遮断の三つの条件を完全に満たすものであった。

毛沢東の遺体について調べてみた

毛主席記念堂

現在毛沢東の遺体は「毛主席記念堂」で予約制で観覧することができる。入館にはパスポートなどの身分証が必要で平日でも長蛇の列だという。

真偽は不明であるが、記念館の毛沢東の遺体はロウ人形の偽物で、本物は地下にあり重要人物のみが拝礼できるという噂もある。

エンバーミングされた他の著名人たち

有名どころでは金日成金正日の遺体も、エンバーミングされ保存されている。

レーニンの遺体も旧ソ連時代に同じく保存されており、その技術は国家機密となっている。かつてはスターリンもエンバーミングされていた。

共産主義国の人物が多い印象だが、マイケル・ジャクソンやマリリン・モンロー、テレサ・テンや、日本でも松平健の後妻・松本友里が一時的にエンバーミングされた例がある。

 

アバター

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子

コメント

  1. アバター
    • 名無し夏菜子ちんさん
    • 2024年 1月 15日 6:35pm

    私毛沢東記念館行ったことあります!

    0
    0
  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 則天武后の半生について調べてみた【中国唯一の女性皇帝】
  2. 中国四大伝奇『水滸伝』に登場する好漢108人のトップバッター「九…
  3. 【始皇帝の墓】 兵馬俑には古代ギリシャの技術が使われていた?
  4. 愛新覚羅溥儀 「ラストエンペラーと呼ばれた清最後の皇帝」
  5. 「一匹の猫が偶然通ったことで皇帝になった」 南宋の第2代皇帝・孝…
  6. ゴミ拾いから高級官僚まで大出世した 「唐のリサイクル王・斐明禮」…
  7. 古代中国の恐ろしい埋葬文化 「妃を生きたまま埋めて肛門に宝石を詰…
  8. 生涯、たった一人の妻しか持たなかった皇帝

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

2023年大河ドラマ「どうする家康」とは何をどうするのか?徳川家康の生涯と決断を追う!

古来「来年のことを言えば鬼が笑う」と言いますが、大河ドラマ業界(?)ではもう来年どころか再来年の話題…

「創造科学」とは〜 科学と名のついた疑似科学の代表

創世記をまるごと信奉「創造科学」はダーウィンの「種の起源」に代表される「進化論」に異議を…

結城秀康【家康の実子にして秀吉の養子だった豪将】

家康の次男結城秀康(ゆうきひでやす)は、幼名を於義丸(おぎまる)といい、徳川家康の次男と…

天才仏師・運慶と源頼朝 「東大寺再建に挑んだ二人」

平安の天才仏師平安時代の末期から鎌倉時代へと移り行く激動の中で、仏像を彫ることを生業とした1人の…

細川忠興 「天下一気が短いと言われたイケメン武将」と美人妻ガラシャ(光秀娘)

細川忠興とは細川忠興(ほそかわ ただおき)は足利将軍家に仕えた細川藤孝の息子で、織田信長…

アーカイブ

PAGE TOP