「香港」東洋と西洋が交差する歴史の舞台

画像 : 香港 イメージ
香港は、中国南部に位置する特異な歴史をもつ都市である。
かつては、南宋、元、明、清といった歴代王朝のもとで、中国南部の広南地方、すなわち後に「広東」と呼ばれる地域の一部に属していた。
しかし、1840年に勃発したアヘン戦争を契機に、その運命は大きく転じる。
清朝が敗北を喫すると、1842年に南京条約が締結され、香港島はイギリスへ割譲された。
その後も、1860年の北京条約で九龍半島南部が加わり、さらに1898年には新界と周辺の島々が99年間の期限付きでイギリスに租借され、現在の「香港」のかたちが出来上がった。
こうして誕生したイギリス統治下の香港は、1941年から1945年の太平洋戦争中には日本軍による約3年8か月の占領を受けるが、終戦とともに再びイギリスの統治下に戻る。
戦後は製造業、貿易、金融分野で目覚ましい発展を遂げ、アジア有数の経済都市へと成長。
香港映画やカンフースターの世界的な活躍も相まって、国際都市としての存在感を高めていった。
1997年7月1日、香港は中国に返還され、現在は中華人民共和国香港特別行政区としての地位を有している。
大館(Tai Kwun)とは

画像 : 大館 警察本部棟 かつて香港の治安と司法の中枢を担った中環警察署の本庁舎。現在は歴史建築として保存され、一般公開されている。Wpcpey/CC BY-SA 4.0
筆者は4月に香港を訪れ、「大館(だいかん)Tai Kwun」を見学した。
非常に面白い歴史スポットだった。
大館とは、かつて警察署・裁判所・刑務所として使われていた歴史的な建物群を、まるごと文化施設として生まれ変わらせた場所である。
正式には「旧中環警察署コンパウンド」と呼ばれるこのエリアには「旧中環警察署、中央裁判所、ビクトリア監獄」の3つの歴史的建物が含まれている。
そのはじまりは1841年。以降、香港の司法と治安を支える重要な場所として長く使われてきた。
2006年にビクトリア監獄が閉鎖されたあと、施設はしばらく一般公開を停止。
その後、香港の競馬運営で知られる非営利団体「香港ジョッキークラブ」が、社会貢献事業の一環として大規模な修復と再整備を主導し、2018年に「大館(Tai Kwun)」として一般公開された。
工事には8年もの年月と、なんとHK$3.8億が投じられたという。
現在の大館では、保存された16棟の歴史建築を自由に見て回れる。

画像 : 「大館一百面」展の会場 かつて警察署内の屋内バドミントンコートとして使われていた空間が展示スペースとして再活用されている。wiki c Wpcpey
アートや文化の発信地としても人気を集めており、現代アートの展覧会やパフォーマンス、演劇、映画の上映など、年間を通じて多彩なイベントが開催されている。
敷地内にはカフェやレストラン、ショップもそろっていて、一日いても飽きない。
ビクトリア監獄

画像 : ビクトリア監獄 wiki c 无法识别作者 CC BY 2.5
大館の中でも特に印象に残ったのが、香港で最も古い西洋式の刑務所「ビクトリア監獄」だった。
ここは1841年、イギリスが香港を占領して間もなく建設が始まり、2006年まで実際に使われていたという。
展示されている独房のひとつに入ってみたが……これが想像以上に狭い。
天井は低く、窓も小さく、分厚い壁に囲まれていて、思わず息が詰まりそうになる。
壁には囚人が残したと思われる落書きがそのまま残っており、よく見ると中にはベトナム語の文字も。
ここには外国人も収容されていたようだ。

画像 : 説明パネル 筆者撮影
監獄の説明パネルによると、時代ごとに収容されていた囚人の背景もさまざまだったという。
イギリス統治下の19世紀末から20世紀初頭には、軽犯罪の受刑者が多く、当時の人口規模の小ささも影響していたのかもしれない。
1940年代の日本占領時代には、軍事違反や抗日活動に関わった人々が投獄された。
戦後の1950〜70年代にかけては、中国本土からの密航者やスパイ、さらにアヘンやヘロインの密売・使用といった麻薬関連の犯罪が増加。
当時の社会の混乱ぶりを反映してか、生活苦からくる犯罪も少なくなかったそうだ。
そして1980年代以降は、近代的な犯罪が増え、とくに麻薬犯罪が深刻化。施設内にはリハビリを目的とした治療室まで設けられていたという。
重い扉を開けてはじめて感じる、過去の空気。
展示を見るというより、歴史の中に一歩足を踏み入れるような、そんな体験ができる場所だった。
大館の中を歩く
大館の敷地内には、かつての中央裁判所が残されていて、昔の法廷がそのままの姿で再現されている。
実際に裁判官の席に座って写真を撮ることもでき、見学しているだけでちょっと背筋が伸びるような空気を感じた。
中でも驚いたのは、法廷の床の一角にある目立たない扉である。
そこから地下へと続く階段があり、昔はそのまま囚人が下の監獄から法廷に連れてこられ、判決が出たら再び階下へと戻されていたという。
いまもその階段がしっかりと残っていて、当時の光景が自然と頭に浮かんできた。

画像 : 独房への階段 筆者撮影
館内にはほかにも、取り調べ室の再現や、当時の様子を映像で見せる展示などがあり、ただ歴史を「見る」だけでなく「感じる」仕掛けがあちこちに用意されている。
単なる史跡というよりは、静かに語りかけてくるような、不思議な力のある場所である。
アクセスも良好で、中環駅からは徒歩5分ほど。道中は坂や階段が多いので、歩きやすい靴で行くのがベスト。
中環から半山へ向かう長いエスカレーターにも直結していて、街歩きとセットで訪れるのにもぴったりだ。
文化、歴史、建築、アートが見事に融合する大館は、単なる観光スポットではない。
ここには、かつての「法と秩序」の記憶が確かに息づいており、訪れる者に過去と現在をつなぐ静かな問いを投げかけてくる。
香港を訪れるなら、ぜひ一度足を運んでみてほしい場所である。
参考 : Tai Kwun–The Centre for Heritage and Arts(大館公式サイト)他
文 / 草の実堂編集部
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