【明朝で最も恐ろしい宦官】高寀が犯した大罪 〜1000人の子供たちを襲った悲劇とは

太監とは

画像 : 唐時代の宦官たち 陝西省千陵、706年、張懐王子の墓からの壁画 public domain

中国古代において、皇帝に仕えた男性の役人を「宦官」と呼ぶ。

彼らは、去勢されることで生殖能力を失ったため、皇帝の側室や宮女に手を出すことがないとみなされ、皇帝の最も近い場所で働き、時には国家の中枢にまで影響力を及ぼす存在であった。

「太監」は元々は高位の官職名であったが、後に実質的に宦官の長官の役職名となり、明清時代からは宦官自体が「太監」として語られることも多くなった。

今回はその中の一人、明代の太監であった高寀(こうさい)の恐ろしい逸話を紹介したい。

万暦帝の時代

画像 : 明の第14代皇帝 万暦帝(ばんれきてい) public domain

高寀(こうさい)は、明朝14代皇帝の万暦帝(ばんれきてい)の時代に仕えた太監であった。

万暦帝は、明朝の歴代皇帝の中でも最も長い48年間在位したことで知られる。しかし、そのうち28年もの長い期間朝廷に姿を現さず、政治をほとんど放棄していたと言われる。

その理由としては、通説では「怠惰だった」「女性に溺れていた」などとされているが、万暦帝の墓「定陵」が発掘された際、遺骨を調査したところ右足が大きく湾曲し、左足は極端に短かったという。
つまり、生まれつき足に障害があった可能性が高く、晩年になるとさらに悪化し、普通に歩くことすら難しかったのではないかと言われている。

いずれにせよ、彼が朝廷に出仕しない間に、権力は宦官や一部の官僚たちに委ねられた。

こうした混乱の中で台頭したのが、高寀のような太監たちだった。

しかし、彼はその権力を乱用し、地元の人々から搾取を行ったり、自らの贅沢な生活を満たすために悪事を働き始めたのである。

高寀のおぞましい計画

福建省の税務官(税監)に任命された高寀は、権限を利用して贅沢な生活を送り、税金を私物化した。
税金を徴収する名目で暴利を貪る一方、倭寇と密通して財を蓄えたともされている。

このように権力と富を手に入れた高寀だったが、どうしても埋めることができない欠落があった。

それは「去勢された身」であるがゆえに、生殖能力がないという現実だった。彼は、自分の遺伝子を後世に残せないことを悔やみ、なんとかそれを取り戻そうと考えた。

そして、この悩みを解決すると称する「方士」たちの助言に耳を傾けたのである。

『万暦野獲編』巻二十八に記される逸話によれば、ある方士が「小児の脳を千人分食べれば、失われた生殖能力が回復する」と吹き込んだという。

これを信じた高寀は、貧しい家庭の子供を集めるため、「救済」を名目に子供たちを集めはじめた。

高寀

画像 : 高寀と子供たちのイメージ 草の実堂作成

近日福建抽税太監高寀謬聽方士言:『食小兒腦千餘,其陽道可復生如故。』乃徧買童穉潛殺之。久而事彰聞,民間無肯鬻者,則令人徧往他所盜至送入。四方失兒者無算。遂至激變掣回。此等俱飛天夜叉化身也。

意訳:
最近、福建で税務を担当していた太監の高寀が、方士の言葉を信じた。「千人分の小児の脳を食べれば、生殖能力が回復する」と言われたのである。そこで高寀は、子供を買い集めて密かに殺害し、脳を摂取した。この行為が広く知れ渡ると、民間では子供を売る者はいなくなり、高寀は部下を派遣して他所から子供を誘拐させた。結果として、多数の子供が行方不明となり、最終的には暴動に発展した。このような行為をする者はまさに夜叉そのものである。
『万暦野獲編』巻二十八より引用

最初は「貧困救済」を名目に子供を集めた高寀であったが、やがて誰も子供を預けなくなると、人員を使って子供を誘拐させるという暴挙に出た。

この期間はなんと15年にも及び、その間に約1000人の子供が犠牲になったとされている。

高寀の末路

こうして高寀は長い間民衆を苦しめ、数えきれない罪を犯した。

しかし、彼の権勢も永遠ではなかった。高寀の行動があまりにも目に余るものとなり、ついにその悪行が告発されたのである。

上奏された内容は、税務における不正から子供の件も含まれていた。この告発が広く知れ渡るにつれ、福建各地で反発が強まり、民衆は暴動を起こしたのである。

最終的に、万暦帝は高寀を召還する詔勅を発し、彼を北京に戻すことを命じた。

だが、その後の高寀の消息については史料に明確な記録が残っていない。一説によれば、裁かれることなく静かにその生涯を終えたとも言われているが、民衆の記憶には「最も残虐な太監」として語り継がれることとなった。

おわりに

高寀という存在は、皇帝の不在や宦官の専横など、当時の制度が抱える脆弱性を映し出した一つの鏡といえよう。

歴史は時代ごとに異なる形でその痕跡を残すが、人間社会の根本的な課題は普遍的である。

高寀の行いがもたらした深い傷跡は、同じ過ちを繰り返さないための反省と教訓として、今も静かに語り継がれている。

参考 : 『万暦野獲編』他
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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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コメント

  1. アバター
    • 名無しさん
    • 2024年 11月 26日 12:09am

    添えられた画像について。黒々とした美しいヒゲをを蓄えた男振り、これは色々な書物で語られる、また清朝時代に写真に留められた宦官の特徴と著しく異なりますが、何か典拠でもあるのでしょうか?
    詳しくは述べませんが、施術により男性器を除去した宦官のイメージを覆すものなので驚いております。

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    1
    • アバター
      • 草の実堂編集部
      • 2024年 11月 26日 12:45am

      おそらく抱いている宦官のイメージとはこの記事のようなものでしょう

      https://kusanomido.com/study/history/chinese/36022/

      宦官のイメージは重々承知しておりますが、子供を集める宦官の画像がどうしても用意できなかったのであくまでイメージ画像として捉えてくださいませ。また努力はしておりますがどうしても完璧なものが用意できない場合もありますので御容赦ください。
      驚かせて申し訳ございません。

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  2. アバター
    • 名無しさん
    • 2024年 12月 11日 10:35am

    お答えをを見過ごしておりました。ご対応いただき有難うございます。
    施術の仕方によって、またその時の年齢によってはヒゲを生じることはあったようですが、多くは黒いうぶ毛のようなものであったようです。ただ、その常識からはずれた、ヒゲをたくわえた宦官(太監)がいたそうです。北宋の童貫、中国の歴史上、最大の軍権を握った宦官といわれています。成年近くに施術したものらしく、ヒゲをたくわえたおそらく唯一の宦官としてて伝えられております。ちなみに、その別称が媼相(お婆さん)というのは何ともチグハグ感が残りますがね。
    参照:众所周知,净身或者受到宫刑后,我们是无法长胡子的,所以,在我们的印象中,太监是肯定没有胡子的,但并不一定,历史上还真有太监长胡子。比如童贯,他可能是有史记载,唯一一个长有胡子的太监。‥‥
    草の実堂サイトに人気があるばかりに、画像により却って「宦官の風采」の印象が誤って固定化されないかと危ぶんだ次第です。以後ご配慮願いたく追記いたしましたが、とくにご返信には及びません。失礼いたしました。

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