「雰囲気」を堂々と「ふいんき」と言い張り、「シミレーション」を自信満々に「シュミレーション」と書いていた。
そんな“覚え違い”は、誰しも一つや二つはもっているものではないでしょうか。
福井県立図書館が編んだ『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』は、本を探す利用者が口にした“覚え違い”を集めたユニークな書籍です。
佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』が「100万回死んだねこ」として尋ねられたことから、この本のタイトルが生まれました。
うろ覚えのタイトルや複数人入り混じった著者名など、クスっと笑える“覚え違い”満載の同書から一部をご紹介します。
覚え違い事例「タイトル篇」

画像 : 上野帝国図書館(第二次世界大戦以前の日本における唯一の国立図書館.1911年頃)public domain
まずは、ちょっと笑える「覚え違いタイトル」をのぞいてみましょう。
・「トコトコ公太郎」
正しくは『とっとこハム太郎』(河井リツ子著)。
お孫さんに頼まれてメモを持参されたそうですが、縦書きの文字が原因で「ハム」が「公」と読まれてしまったようです。微笑ましい間違いですね。
・「あでらんすの鐘」
正解は『あんでらすの鐘』(澤田ふじ子著)です。
一見よく似ているので、こうした読み違いは起こりやすいものです。
ちなみに筆者は、映画『侍タイムトリッパー』を『侍タイムストリッパー』と読み間違えた経験があります。
・「おい桐島、お前部活やめるのか?」
これは朝井リョウ氏の『桐島、部活やめるってよ』です。
依頼者の頭の中では、すでに熱い青春小説の世界が広がっていたのかもしれません。
なお、桐島本人は作中に直接登場せず、伝聞によってのみ語られます。
・「これこれちこうよれ」
時代小説かと思いましたが、お探しの本は『日日是好日(にちにちこれこうじつ)』(森下典子著)でした。
茶道をテーマにしたエッセイで、映画化もされています。
このほかにも、カフカ『変身』が「ヘンタイ」と誤読されたり、『忍たま乱太郎』が「ニンタラマン・タロウ」と間違えられたり、『人生がときめく片づけの魔法』が「人生が片付くときめきの魔法」と記憶されていたりと、ユニークな事例が数多く記録されています。
こうした覚え違いは、図書館利用者の人間味あふれる一面を映し出すものでもあり、読んでいると自然と笑みがこぼれます。
覚え違い事例「著者名篇」
覚え違い事例には、タイトルだけでなく著者名に関するものも数多く寄せられています。
ここではその一部をご紹介します。

画像 : 池波正太郎(1961年) public domain
・池波遼太郎
「池波正太郎」なのか、「司馬遼太郎」なのか…。
日本の時代小説・歴史小説界を代表する大御所で、つい混同してしまうのも無理はありません。
作風は異なりますが、同じ大正12年(1923年)生まれで、同じ年(1960年)に直木賞を受賞と共通点も多い二人です。

画像 : 大佛次郎(おさらぎ じろう 昭和31年2月,撮影:若松不二夫)public domain
・だいぶつじろう
これはよくある間違いですね。
正しくは「おさらぎ じろう」です。
ちなみに本名は野尻清彦(のじり きよひこ)。
「大佛次郎」のペンネームは、かつて鎌倉大仏の裏に住んでいたことに由来するそうです。

画像 : 宮沢賢治
・みやけん
正解は「宮沢賢治」。
大学図書館の司書から提供された事例だそうですが、「宮沢賢治」を「みやけん」と略すなんて、思いもしませんでした。
想像力を必要とする難問

画像 : 『痴人の愛』執筆当時の谷崎潤一郎(苦楽園・六甲ホテルにて、大正13年)public domain
タイトルも著者名も分からず、内容の断片だけで本を探すケースもあります。
・昔からあるハムスターみたいな本
答えはシェイクスピアの『ハムレット』でした。
図書館員は「どのくらい昔の本ですか?」「ハムスターが登場しますか?」など丁寧に質問を重ね、正解にたどり着いたそうです。
・独身男性が若い女の子を妻にしようとしていろいろ失敗した話
これは、谷崎潤一郎の『痴人の愛』です。
真面目な会社員が、カフェーの女給を理想の女性に育てようとするものの、奔放で小悪魔的な少女に翻弄され、ついには支配されてしまう物語です。
確かに「いろいろ失敗した話」といえますね。
このような難しい問い合わせに対しては、図書館員が粘り強く質問を重ね、少しずつ手がかりを見つけていきます。
会話を続けるうちに、利用者自身が記憶を呼び起こし、目的の本にたどり着くことも多いそうです。
なお、『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』の元となった、福井県立図書館のWEBサイト「覚え違いタイトル集」(https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/tosyo/index.html)は日々更新されており、最新の事例を閲覧できます。
リファレンスサービスの役割

画像 : イメージ public domain
『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』は、図書館の「レファレンスサービス」をもっと知ってもらうことを目的に出版されました。
レファレンスサービスとは、図書館員が調べものを手伝ってくれるサービスです。
探している本が見つからないときや、特定のテーマについて調べたいときに、関連する資料や情報を案内してくれます。
このサービスの利用件数は図書館の大切な評価指標のひとつなのですが、実際に利用する人は多くないそうです。
なお、よくある相談は本の所蔵に関するものですが、「自分の先祖の歴史を調べたい」といった身近な相談も寄せられています。
どんな事例があるのか気になる方は、レファ協サイトをのぞいてみてください。
レファ協(レファレンス協同データベース:https://crd.ndl.go.jp/reference/)には、全国の図書館で行われたレファレンスサービスの記録が集められています。
利用者の質問への回答や調べた過程、使った資料などがまとめられていて、日常のちょっとした疑問から専門的な研究まで幅広い情報が蓄積されています。
『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』は、図書館が利用者のあいまいな記憶や断片的な情報から正解を導き出す“知の案内人”でもあることを教えてくれます。
ぜひ手に取って、 “覚え違い”クイズに挑戦してみてください。
参考文献:福井県立図書館編『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』講談社
文 / 深山みどり 校正 / 草の実堂編集部























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