飛鳥時代

【999人が犠牲に】極悪非道な浅茅ヶ原の鬼婆伝説 「千人目は美しい自分の娘」

極悪非道な浅茅ヶ原の鬼婆伝説

画像:あばら家の中には、恐ろしい顔をした鬼婆が…「一ツ家老婆浅茅」歌川国貞 public domain

日本には、昔から全国各地に恐ろしくも不思議な「鬼婆」の伝説があります。

鬼婆といえば、恐ろしい形相をして人間とは思えない残酷な所業を繰り返す話が多いものです。しかし、鬼婆の物語はただ怪奇で恐ろしいだけではありません。

彼女たちが鬼婆と化してしまった事情や、鬼畜な所業を繰り返した末に迎える哀しい結末など、複雑な感情を抱かせるストーリーが多く存在します。

今回は、そんな鬼婆伝説の中から、「999人もの旅人の頭を石で叩き割って殺した」という、東京下町に伝わる「浅茅ヶ原(あさぢがはら)の鬼婆」をご紹介しましょう。

何もない荒野に、ポツンと一軒のあばら家が…

極悪非道な浅茅ヶ原の鬼婆伝説

画像:河鍋暁斎「浅茅ヶ原一ツ家古事」美しい娘が旅人の足を洗いもてなす様子を見張る鬼婆 public domain

浅茅ヶ原の鬼婆」は、東京都台東区花川戸に伝わっている話です。

今は昔、用明天皇の古墳時代〜飛鳥時代くらいの頃。かつて花川戸周辺に「浅茅ヶ原」と呼ばれる荒野が広がっていました。

ここには、陸奥国(むつのくに/現在の福島・宮城・岩手・青森・秋田県の一部)と、下総国(しもうさのくに/現在の千葉県北部と茨城県南西部を主たる領域)を結ぶ、唯一の小道がありました。

旅人はこの小道しかないために、仕方なく利用していました。

ところが何もないこの荒野にはポツンとあばら家があり、老婆と若く美しい娘が二人で住んでいたのです。

極悪非道な浅茅ヶ原の鬼婆伝説

イメージ画像

日が暮れてくると真っ暗になってしまうため、ここを通りかかった旅人は致し方なくこのあばら家の扉を叩き「一晩の宿を」と頼み込んでいました。

一説によると、夕刻に旅人がそのあばら家のそばを通りかかると、見計らったようなタイミングで美しい娘が家の中から現れ、「日も暮れてきたので、どうぞ家に泊まってください」と声をかけたとか。

ところが、自分から旅人に声をかけて誘っておきながら、なぜかその娘は悲しげな表情をしていたそうです。

旅人は、歩き続けて疲れてお腹も空いていたのでしょう。ちょっと不思議に感じながらも、そのあばら家に招かれました。家に入ると親切な老婆がいて、娘と一緒に旅人をもてなしてくれたのでした。

極悪非道な老婆

極悪非道な浅茅ヶ原の鬼婆伝説

画像:「浅草寺開帳 石の枕姥ヶ池ノ故事」「観世音ノ化身」歌川国貞 若者の頭上には縄で吊った石が……public domain

しかし、その家の老婆はとんでもない極悪非道な鬼婆だったのです。
美しい娘に旅人の呼び込みをさせ、あばら家に招き入れて親切にもてなすのは理由がありました。

実は、ほっとして満腹になった旅人がぐっすりと眠り込んだところで、重い石の枕でその頭をかち割って殺害していたのです。
頭上に大きな石を縄で吊るしておき、旅人が寝込んだらその縄をゆるめて落とし頭を割ったという説もあります。

殺害したあとは、旅人の亡骸をあばら家のそばにある池に投げ込み、処分していました。

老婆は、旅人を殺害して懐の金品を奪うことで生計を立てていたのです。
さすがに娘のほうは老婆の行動をやめさせようと説得していたのですが、老婆はまったく聞く耳を持ちませんでした。

それどころか、娘に通りがかりの旅人に声をかけて誘う役目を強要させていたのです。

殺害した旅人は999人。1000人目になったのは……

老婆が殺害した旅人が999人に達したある日。1,000人目の犠牲者になるはずの若者が、あばら家の前を通りがかりました。

まだ年若い青年でしたが、鬼婆がそんなことで躊躇するはずもありません。いつものようにもてなして寝床を提供し、ぐっすりと寝込んだところを石で頭をかち割りました。

そして、旅人の懐を探ろうとして亡骸を仰向けにしたところ……さすがの鬼婆も仰天して腰を抜かしてしまいます。
割られた頭から血を流し、物言わぬ亡骸になっていたのは、なんと自分の娘だったのでした。

娘は、老婆の鬼畜の所業を見兼ねて、もう我慢の限界だったのかもしれません。
老婆が席を外したときに若者を起こし、事情を話して逃し、自分が身代わりに布団に入ったのでしょう。

さすがの鬼婆も茫然自失としていたところ、先ほどの若者があばら家に戻ってきました。
するとなんと、その若者は人間ではなく浅草寺の観音様の化身だったのです。

画像:歌川国芳『観世音霊験一ツ家の旧事』 稚児(観音の化身)に襲いかかる老婆と必死に止める娘 public domain

老婆の悪行三昧を知った観音様が人としての道を説くために、あばら家を訪れたのでした。

その後の顛末は諸説あります。

・観音様の力で老婆は竜に姿を変え、娘の亡骸を連れて池に潜っていった
・老婆は池に身を投じてしまった
・仏門に入り、今まで殺害した死者の弔いに励んだ

台東区に「姥ヶ池跡碑」が

現在、台東区立花川戸公園の中に、東京都指定旧跡「姥ヶ池跡碑」があります。

画像:東京都台東区・花川戸公園。姥ヶ池の跡地。(wiki.c)

説明板によると、明治24年(1891)に埋め立てされるまで、この周辺には隅田川に通じるほどの大きな池があったそうです。

また「浅茅ヶ原の鬼婆」が旅人を殺害するために使用していた石枕は、浅草寺の子院・妙音院に非公開で所蔵されています。

おそらく老婆も、鬼と化す前は普通の女性だったのではないでしょうか。
なぜ旅人を殺して生計を立てることになったのか、なぜ石で頭を割るという恐ろしい殺し方をすることになったのか、経緯は不明です。

実は、この「浅茅ヶ原の鬼婆」同様、やはり目を覆いたくなるような鬼婆伝説は、ほかの地にも存在しています。

それは、またの機会にご紹介したいと思います。

参考:
日本の伝説(柳田國男)
歌川広重『東都旧跡尽』「浅茅ヶ原一ツ家 石の枕の由来」
「姥ヶ池跡碑」

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桃配伝子

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アパレルのデザイナー・デザイン事務所を経てフリーランスとして独立。旅行・歴史・神社仏閣・民間伝承&風俗・ファッション・料理・アウトドアなどの記事を書いているライターです。
神社・仏像・祭り・歴史的建造物・四季の花・鉄道・地図・旅などのイラストも描く、イラストレーターでもあります。

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コメント

  1. アバター
    • 通りすがりのニュー即民
    • 2025年 1月 20日 12:36pm

    俺が昔聞いてたのは「老婆の娘(もしくは二人は母娘ではなくおつきの乳母と姫)が身重・病気」の為
    旅人を殺して滋養のある肉(or特効薬となる部位の内臓)を取って娘に食わせてたって話
    自分の所為でこんな惨劇が続く事に絶望した娘は1000人目の旅人に事情を打ち明け
    母の鬼畜の所業を止めるべく旅人の身代わりとなって寝床で布団をかぶる…といった内容だった気がする

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  2. アバター
    • 名無しさん
    • 2025年 5月 30日 8:17pm

    これ、「安達ケ原(あだちがはら)の鬼婆」のアナグラムですよ。古くは大和物語(平安前期)にも出てくる有名な話です。
    拾遺和歌集(平安時代)にも「みちのくの 安達の原の 黒塚に 鬼こもれりと いふはまことか」という歌が載っています。
    「浅茅ヶ原」の「浅茅」とは丈の短い雑草のことです。「安達ケ原」の音の響きを明らかに意識しているのがわかります。
    「黒塚」(鬼婆の住んでたところ)のタイトルで、能や様々な芝居にもなっていて、これだけ有名なので全国にそれをパクった(あやかった)伝説がたくさん作られました。
    これはそのひとつです。

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