隠れキリシタンの里といえば、出島のある長崎や熊本の天草地方など、九州を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
しかし意外なことに、隠れキリシタンの遺跡や遺物は、九州以外にも多数存在している。
大阪府茨木市の三島地域もそのうちのひとつである。
今回は、三島地域がいかにして隠れキリシタンの里となったのか、また、それがどのようにして世間に知られるようになったのか見ていきたい。
大阪にキリスト教を広めた高山右近
日本にキリスト教が伝来したのは1549年、戦国時代後期のことである。
イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが、キリスト教の布教を目的に来日し、鹿児島に上陸した。
ザビエルをはじめとする宣教師たちは熱心に布教活動を展開し、信者を着実に増やしていった。
後に織田信長がキリスト教を庇護したことも、布教の成功につながる重要な鍵となった。
永禄6年(1563年)、大和国沢城の城主であった高山飛騨守は、キリスト教の教えに深く感銘を受け、宣教師ガスパル・ヴィレラから洗礼を受けた。
飛騨守は自らの城にイルマン(修道士)を招き、その際、息子である高山右近をはじめとする家臣ら、約150名が受洗した。
その後、右近は天正元年(1573年)に高槻城主となり、地域の人々に対して熱心にキリスト教の布教活動を行った。
右近の在城中、三島地域(現在の吹田市、高槻市、茨木市、摂津市、島本町)は、キリシタンの一大中心地であった。
しかし、時の権力者たちは、徐々にキリスト教に対して警戒を強め始める。
天正15年(1587年)、豊臣秀吉は「伴天連追放令」を発布し、さらに慶長17年(1612年)には徳川家康がキリシタン禁教令を発布した。これは、キリシタン大名による領民の奴隷貿易や、キリスト教徒と仏教徒の衝突など問題視されたためである。
これらの禁令により、慶長19年(1614年)、右近は信者たちと共にマニラへと追放されてしまった。
徳川政権は仏教徒に見せかけたキリスト教徒を暴くため、庶民に対して踏み絵を強要し、徹底的にキリスト教を排除した。
踏み絵を拒んだ信者やその縁者も含め、多くが死罪や流罪などの厳罰に処されることとなった。
こうした状況下で信者たちは、表向きは仏教徒を装いながら、山奥へと逃れて信仰を守り続け、「隠れキリシタン」となっていったのだ。
キリシタン信仰の遺物の発見
大正8年(1919年)、大阪府茨木市にある教誓寺の住職であった藤波大超氏が、クルス山でキリシタンの墓碑を発見した。
その翌年、東藤次郎家にてキリシタン信仰の遺物が発見される。この遺物は「開けずの櫃」に納められており、かまどの上の屋根裏にしっかりとくくりつけられていたという。
隠れキリシタンの家では、秘蔵された遺物は代々の当主のみに引き継がれた。
つまり、一家の当主以外の者は、家の中にキリシタン遺物が眠っていることすら知らされていなかったのだ。
櫃の発見当時、東家の最後の隠れキリシタンであった東イマ氏は、禁教令が解かれたことを理解しておらず、かたくなに開封を拒否したという。
そこで藤波大超氏と東藤次郎氏がキリスト教の解禁を知らせ、イマ氏を粘り強く説得して、ようやく開封に至ったのである。
その「開けずの櫃」の中には、聖フランシスコ・ザビエル像、マリア十五玄義図、キリスト磔刑木像、マリア彫像、天使讃仰図、メダイ、吉利支丹抄物など、貴重な信仰の遺物が収められていた。
現在、これらの遺物の多くは大阪府茨木市のキリシタン遺物史料館に展示されている。
聖フランシスコ・ザビエル像
聖フランシスコ・ザビエル像は、誰もが一度は見たことのある肖像画であろう。
和紙に泥絵具、にかわ、鶏卵の黄身を混ぜた絵具で彩色されており、西洋画の技術を学んだ日本人画家によって描かれたと考えられている。
教科書でもおなじみのこの肖像画が、一般市民の家屋に眠っていたというのだから驚きだ。
画面の下部には、ザビエルの名前がラテン語と漢字の当て字で記されており、その前には「S」の文字が見える。これは“Saint”を意味するもので、ザビエルが聖人であることを表しているが、実際にザビエルが列聖されたのは1622年である。
つまり、この肖像画は江戸時代の禁教令発布後、キリスト教弾圧の時代に描かれたということだ。
この貴重な聖フランシスコ・ザビエル像は、昭和10年(1935年)に池長孟氏の手に渡り、現在は神戸市立博物館に収蔵されている。
おわりに
大阪府茨木市にあるキリシタン遺物史料館は、規模こそ大きくはないものの、かなり見応えのある史料館となっている。
キリシタン遺物だけでなく、館内で視聴できる約40分のビデオも一見の価値がある。
興味がある人は、一度足を運んでみてはいかがだろうか。
キリシタン遺物史料館
所在地:〒568-0098 大阪府茨木市大字千提寺262
電話番号:(072)649-3443
開館時間:9:30~17:00
休館日:毎週火曜日(祝日を除く)、祝日の翌日(日曜日を除く)、12月29日~翌年1月3日
入館料:無料
参考:『キリシタン遺物史料館』
文 / 小森涼子 校正 / 草の実堂編集部
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