小一郎の名は最初は秀長ではなく長秀だった

画像:豊臣秀長 public domain
2月22日(日)に放送された『豊臣兄弟!』第7回「決死の築城作戦」の冒頭で、こんなナレーションが入っていたのをご記憶でしょうか。
「ところで、小一郎の名前が第5回(2月1日)から変わっていることにお気づきでしたか? 実はこの時、小一郎も“木下小一郎長秀”となっていたのです。豊臣秀長となるのは、まだ先のこと」。
これに対し、SNS上では早速熱心な大河ファンから、「気づかなかった!」「ここを強調するということは、秀長への改名には重要な意味がありそうだ」といった声が上がり、ちょっとした話題になっていました。
少し補足しておきましょう。
「この時」とは、藤吉郎が信長から「秀吉」の名を与えられた場面のこと。
同じく小一郎もまた、信長から一字を与えられ、「長秀」と名乗るようになったのです。
そもそも、昔の人は実によく名前を変えました。
秀吉は、日吉丸→藤吉郎→秀吉。
秀長は、小一郎→長秀→秀長。
さらにいえば、秀吉の甥である関白・秀次などは、万丸→治兵衛→吉次→信吉→秀次と改名を重ねています。
もはや「一体、あなたは誰でしたっけ?」と言いたくなるほどです。
姓や苗字も同様です。
豊臣兄弟は、木下から羽柴へと苗字を改め、姓は豊臣の前に平・藤原を名乗っています。
つまり、戦国の世において、名は固定されたものではなく、立場や力関係を映す“名刺”のようなものだったのです。
信長が小一郎に「長」の一字を与えた理由

画像 : 織田信長 public domain
さて、ここで改めて考えてみましょう。
秀長が小一郎から「長秀」となったとき、この「長」の字は明らかに信長の「長」です。
主君から一字を与えられる、それは紛れもなく栄誉であり、信頼の証でもありました。
では、秀吉の「秀」はどこから来たのでしょうか。
「信長」の字は、一字も入っていません。
この点については、少し興味深い説があります。
秀吉の父は木下弥右衛門、秀長の父は竹阿弥であったというものです。
竹阿弥は、織田家の同朋衆であったとも伝わります。
同朋衆とは、茶の湯や芸能に通じた文化人たちで、いわば 知識人枠。
一方、弥右衛門は足軽身分とされます。
史料的に確定しているわけではありませんが、もしそうであれば、信長が父の身分が上位の小一郎に目をかけ、自身の「長」を与えたという見方も成り立ちます。

画像 : 狩野光信画『豊臣秀吉像』 public domain
一方で、「秀吉」の「秀」は、文字通り“秀でた藤吉郎”という意味とも考えられますし、あるいは信長の重臣である丹羽長秀から一字を取った可能性を指摘する声もあります。
実際、「羽柴」の「羽」は丹羽の「羽」からもらったとされます。
そう考えると、「秀」もまた、織田家中の人間関係を反映した一字だったのかもしれません。
しかし、ここで一つ気になることがあります。
「長秀」という名前は、信長の「長」が先に来る。
この名は、いわば「お前は織田家の家臣なんだ」ということを前面に出した名前とも言えるのではないでしょうか。
では、後になってその「長」を、わざわざ後に回したのか……。
次にその理由を、歴史的な観点から考えてみましょう。
織田信長との決別が秀長の改名に繋がった?

画像 : 織田信雄画像 public domain
筆者は、その転機となったのは、1584年(天正12年)の「小牧・長久手の戦い」だと考えます。
この戦いで、形式上は織田家当主であった織田信雄を相手に、実質的に主導権を握ったのは秀吉でした。
もはや「織田家の家臣」という枠に収まる存在ではなくなったのです。
そう考えると、「長秀」から「秀長」への転換は、単なる語順の変更ではありません。
信長から賜った「長」を戴く名から、自らの「秀」を先に掲げる名へ。
そこには、主従関係の明らかな反転が読み取れます。
また、秀次も小牧・長久手の戦いの1年後に、信吉から秀次に名を変えているのも偶然ではないでしょう。

画像:豊臣秀次像(部分)瑞雲寺所蔵 public domain
もちろん、史料に「そのために改名した」と明記されているわけではありません。
けれども、戦国の武将にとって名とは立場そのもの。
もし秀長が、兄・秀吉とともに新たな時代の主役へと踏み出した証として「秀長」を選んだのだとすれば……。
その改名は、なかなかに意味深ではありませんか。
「俺からすれば、信長さまも、織田家もどうでもよい存在になった」という考えに至った秀吉。
つまり、そこには秀吉が心身ともに長年支配されていた、織田家からの解放と決別があったのではないでしょうか。
秀長の改名の理由は、そのようなものなのではないかと考えるのです。
※参考文献
京あゆみ研究会(高野晃彰)著 『京都ぶらり歴史探訪 今昔ウォーキング』メイツユニバーサルコンテンツ
文 / 高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部























この記事へのコメントはありません。