江戸時代

漂流者を装って鎖国の日本に密入国、囚人のまま幕府の通訳に英語を教えたマクドナルド

鎖国の日本に飛び込んだ男

1848年、一人の青年が捕鯨船から鎖国下の日本へ向かいました。

彼の名はラナルド・マクドナルド、24歳。英領北アメリカ生まれの船員です。

画像:漂着民として日本に入ったラナルド・マクドナルド public domain

父はハドソン湾会社の役人、母はコロンビア川下流域に勢力を持った先住民チヌーク族の首長の娘です。

幼くして母を亡くし白人社会で育った彼は、やがて自身の出自がチヌーク族にあることを知りました。

そして「日本人と北米先住民は同じ祖先を持つのではないか」という考えに惹かれ、太平洋の対岸にある閉ざされた国、日本への関心を深めていきます。

「日本とはどんな国なのか?どんな人々が暮らしているのか?」

彼はその疑問を自分の目で確かめようと、漂流者を装って上陸する計画を練ったのです。

当時の日本は200年以上にわたる鎖国のさなかにありました。
オランダと中国を除けば外国との交流はほぼ断たれ、外国人の上陸は厳しく禁じられていました。
海外から戻った日本人も処罰の対象となる時代だったのです。

マクドナルドはそれを承知のうえで捕鯨船の船長と密約を交わし、日本近海で単身ボートに乗り移ります。

今回は、マクドナルドが晩年に書き残した手記『Ranald MacDonald: The Narrative of His Early Life on the Columbia under the Hudson’s Bay Company’s Regime』(1923年刊)を手がかりに、彼が見た鎖国下の日本を追っていきます。

これはペリー来航以前の日本を内側から描いた、数少ない英語の一次資料です。

利尻島とアイヌの人々

画像 : 利尻島の位置 Bourrichon CC BY-SA 2.0

日本近海で、マクドナルドが捕鯨船からボートに移って船を離れようとしたとき、仲間の水夫たちは彼をつなぐ綱をほどこうとしませんでした。

仲間の1人は同行を申し出ましたが、マクドナルドはそれを断り、自分の手で綱を切ります。
「神のご加護を、マック」という仲間の震える声を背に、マクドナルドは1人で小舟を漕ぎ出しました。

翌朝、北海道北端の利尻島に煙が見えました。
やがて島の住民たちが小舟を漕いで、海上のマクドナルドのボートへ近づいてきます。

住民たちは100ヤード(約90メートル)ほどの距離で止まると、両腕を広げ、掌を上に向け、深く頭を下げました。
マクドナルドが「ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ」と声をかけると、彼らは右腕を上げて応じます。

彼らに導かれて上陸すると、マクドナルドは100人ほどの男女に囲まれ、紙障子の平屋へ通されました。

画像 : アイヌ民族 イメージ public domain

出迎えたのは、頭の前半分を剃り上げ髷を結った男でした。
家の人々は畳を敷き、火を焚き、身振りでマクドナルドに草履を脱ぐよう示します。

食事は白飯、魚、貝、生姜など数種の漬物。酒も勧められました。

「グロッグ・イエス」と呼ばれたその酒は、匂いを嗅ぐとウイスキーに似ていました。米から造った酒、つまり日本酒です。

この奇妙な呼び名には由来があります。
以前この地に漂着したアメリカ船ローレンス号の水夫たちが、酒を勧められるたびに「グロッグ(酒)? イエス、持ってこい」と答えたようで、それがそのまま定着したのだとマクドナルドは後に知りました。

このとき彼が接したのは日本人ではなく、アイヌの人々です。

マクドナルドはその体格や容貌に、自分がよく知る北米北西海岸の先住民、ハイダやベラクーラの人々との類似を見ています。

長崎での尋問、踏み絵、そして「大きな心」

その後、マクドナルドは利尻島から長崎へ移送され、奉行所で尋問を受けることになります。

多数の役人が乗り込んでくる中に、通訳の森山栄之助がいました。

画像 : 森山 栄之助 public domain

森山はまだ若く、鋭い黒い目をした知性的な男でした。英語もかなり流暢で、文法も正確です。

マクドナルドは、日本で出会った中で最も聡明な人物だったと記しています。

奉行との面会に先立ち、森山はマクドナルドにこう告げました。

「入口の床に金属板がある。そこには“日本の悪魔”の像が刻まれている。足で踏め」

マクドナルドが実際に見たのは、直径6インチほどの青銅の円盤に浮き彫りにされた聖母子像でした。いわゆる踏み絵であり、キリシタン禁制のもと200年以上続いてきた慣行です。

プロテスタントだったマクドナルドは、躊躇なくそれを踏みました。

その後、奉行の間に通されると、森山が念を押しました。

「入ったら奉行を見るな、深く頭を下げよ」

低い衣擦れの音とともに奉行が現れると、その場にいた全員が額を床につけます。兵士さえも例外ではありません。

しかし、マクドナルドだけがそうしませんでした。

「私は誰にも頭を下げない」

マクドナルドは奉行の顔をまっすぐ見つめます。奉行もまた彼を見つめ返しました。10秒、15秒と沈黙が続いたあと、奉行はゆっくりと膝立ちになり、両腕を伸ばして低い声で短く言葉を発します。

「あなたは大きな心を持っているに違いない」

森山は、奉行の言葉をこう訳してマクドナルドに伝えたそうです。

14人の通訳と檻の中の教室

幕府に拘束中、英語の教師を務めたマクドナルド ※イメージ

その後、マクドナルドは長崎で約7か月間、幕府の通訳14人に英語を教えることになります。

身分はあくまで囚人で、格子の内側が彼の生活空間でした。

それでも通訳たちは毎日のように通い、英文を読み上げては発音の矯正を受けました。日本語にない子音の組み合わせは彼らにとって難しく、とりわけLの音はことごとくRになってしまったそうです。

檻の周囲には役人や学者、僧侶、町人など、さまざまな人々が集まり、マクドナルドは珍しい異国人として眺められながら、逆に彼らの様子を観察していました。

彼は「日本人は生まれつきおしゃべりで、常に上機嫌で、軍人気質が強い」と記しています。国を守るためなら全滅も辞さないだろうと評する一方で、穏やかな表情の奥にある別の感情にも気づいていました。

森山をはじめとする若い通訳たちは、ラテン語やフランス語の書物を集め、外国世界の制度や技術を貪欲に学ぼうとしていました。
当時、鎖国体制のもとで200年守られてきた秩序は、すでに形ばかりのものになりつつありました。

マクドナルドの言葉を借りれば「死者の朽ちた屍衣」、つまり中身はすでに失われているのに形だけが残った古い衣です。
通訳たちが格子越しに英語の発音を繰り返す姿は、古い秩序を自分たちの手で払おうとしているようにも見えました。

マクドナルドは「必要なのは外からの光だけだ」という確信に満ちた言葉を残しています。

解放、そして開国の扉

画像:オレゴン州にあるラナルド・マクドナルドの石碑。日本の鳥居をモデルにしている public domain

1849年4月、長崎沖にアメリカ軍艦プレブル号が姿を現しました。

マクドナルドは、漂着していたアメリカ人船員8人とハワイ人7人、合わせて15人とともに引き渡され、約10か月におよぶ日本滞在を終えます。

それから5年後の1854年3月31日、マシュー・ペリー提督と日本の間で日米和親条約が締結されました。
これは日米間で結ばれた最初の条約です。

この交渉で日本側の首席通訳を務めたのが森山栄之助でした。

ペリー艦隊側の記録には、森山について「他の通訳が不要になるほど英語が達者だった」と記されています。

マクドナルドの名が日本の開国史に刻まれることは今後もないでしょう。

しかし、彼が檻の中で灯した小さな火は、確かに幕末の日本史を照らし続けたのです。

参考文献:
『Ranald MacDonald: The Narrative of His Early Life on the Columbia under the Hudson’s Bay Company’s Regime』(1923年刊)他
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部

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