べらぼう~蔦重栄華之夢噺

『お金を払ったのに遊女が来ない!』吉原で行われていた「廻し」とは?

大河ドラマ『べらぼう』第9回「玉菊燈籠恋の地獄」では、花魁の瀬川が一晩に何人もの客を掛け持ちする様子が描かれました。

次々と客を取らされ身も心もボロボロになりながらも、気丈に振る舞う瀬川が切ない回でした。

江戸時代、日本最大の公許遊郭であった吉原には、一人の遊女が複数の客を掛け持ちする「廻し」という制度がありました。

さまざまなトラブルの元となったと言われる「廻し」ですが、その裏には遊女たちのやむにやまれぬ事情がありました。

今回は吉原の掟の一つ「廻し」について詳しく解説していきます。

吉原の「廻し」とは

画像 : 初回の図『青楼絵抄年中行事』public domain

「廻し」とは遊女が複数の客を取ることで、主に関東の遊里で行われていました。

遊女は、客の寝床をちょこちょこ行き来して一晩に何人もの相手をしなければならないのですが、どの客にも同じようなサービスをするかというと、そうではありません。

吉原では、登楼すると酒宴の後(店によってはすぐに)、客は寝床に案内されます。布団で待っていると、遊女が現われ床入りとなるのですが、「廻し」の場合は遊女がなかなか来てくれません。

待たされても来てくれればいいほうで、気に入らない客はほったらかしということもありました。

大勢の客がつく売れっ子の遊女には監視役の「遣手婆」もさほど文句を言わなかったので、チラッと顔を見せるだけだったり、やっと部屋に来たかと思えば枕元で延々と手紙を書いていたり、仮病を使ってみたり、挙句の果てには客に尻を向けて寝てしまったりと、遊女たちもあの手この手で客をあしらっていたようです。

揚代(あげだい=料金)を支払っているのに肝心の遊女が来ないという、平たく言えばボッタクリですが、吉原で「廻し」は日常的に行われていました。

遊女が寝床に来てくれたときは「もてた」といい、来なかったときは「ふられた」といい、ふられて怒るのは、「野暮」と言われました。「野暮」は、吉原では最も嫌われる振る舞いでした。

花魁の名代と割床

画像 : 割床『鶸茶曽我』public domain

花魁に「廻し」がついた場合、あぶれた方には花魁の名代として新造が寝ることになっていました。

遊女はランクが上がるとそれに見合った部屋を持つことができましたが、駆け出しの新造はまだ部屋持ちになっていない16~17歳くらいの若い遊女でした。

その新造が花魁の代わりに寝てくれるのですが、客は名代に手をつけてはいけないルールがあり、この「寝る」はあくまでも一緒に横になるという意味でした。名代の新造は話し相手にしかなりません。

また下級遊女は自室を持てないため、客は廻し部屋とよばれる大部屋に送られて「割床(わりどこ)」になりました。

「割床」は相部屋で、寝床と寝床のあいだを隔てるのは屏風1枚。

盛り上がるお隣を気にしながら、いつまでたっても姿を見せない遊女を待ち続ける客の気持ちを考えると、気の毒にも思えてきます。

怒り出す客にはクレーム処理係「喜助(廻し方)」が対応

画像 : 傘を差しだす若い者『青楼絵抄年中行事』public domain

「廻し」で複数の客を取っている遊女が、待てど暮らせどやって来ない。

金を払っていながら独り寝を余儀なくされる、こんな理不尽な仕打ちに「野暮」と言われようとなんだろうと怒り出す客がいるのも当然です。

そんな怒り心頭の客をなだめるのが、喜助の役割でした。
喜助は遊女と客とのトラブル対応をこなす吉原の男性従業員「若い者」です。ちなみに吉原で働く男たちは、若くてもそうでなくても若い者と呼ばれていました。

怒鳴る客をなだめられるかどうかは喜助の腕次第。肝の据わった男でなければ務まりません。

落語『五人廻し』には、ありとあらゆるタイプの客をのらりくらりとかわす喜助が登場します。

客を「ふる」のは遊女の自己防衛

画像 : 引込新造の床 『浮世姿吉原大全』public domain

廻しが行われたのは、当時の江戸では女性よりも男性の数が圧倒的に多く、少ない遊女で多くの客をさばくことで、妓楼がより多くの利益を得るために他なりません。

しかし、こうした廻し制度は利益を生む一方で、遊女たちにとっては過酷な労働環境を強いるものでした。

幼くして女衒(ぜげん)に買われた少女は禿として育てられ、14歳くらいで初潮を迎えるとすぐに初めての客を取らされます。

遊女の休みは正月と盆の年に二回。月経の時はことをつつしむ「月役七日」という言葉はありましたが、これはあくまでも普通の夫婦の話であって、遊女が七日間も休業していられるはずがありません。

昼も夜も一日に何人もの客を取らされ、病気にならないように、妊娠しないようにと用心していても思うようにならず、病気にかかったり、堕胎で体をいためたりして命を落とす遊女も多かったのでしょう。

彼女たちの平均寿命は22歳だったといいます。

遊女が「廻し」となったとき、何人もの客を同じように扱っていてはとても体がもちません。彼女たちが客を「ふった」のは、己の身を守るためだったのです。

「ふられて怒るような野暮は嫌いでありんす」。実際にそう言ったかは分かりませんが、吉原の「粋」と「野暮」を生み出したのは、他の誰でもない遊女だったのかもしれません。

参考 :
永井義男『江戸の下半身事情』祥伝社
山田順子『吉原噺』徳間書店
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
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