NHK大河ドラマ「光る君へ」皆さんも楽しんでいますか?
本作のヒロイン・まひろ(紫式部。吉高由里子)が藤原道長(柄本佑)と愛し合いながらもつかず離れず……なんてやっている内に京都を離れ、はるばる越前国へやって来ました。
北国での暮らしは新鮮だったことでしょうが、やがて都の華やかさが恋しくなってくるまひろ。
そこへ求婚の手紙が舞い込みます。
差出人は父・藤原為時(岸谷五朗)の同僚としてしばしば登場してきた藤原宣孝(佐々木蔵之介)でした。
果たしてまひろはどう答えるのでしょうか?今回は『紫式部集』より、二人のやりとりを紹介したいと思います。
目次
「そろそろ雪解けの季節だね」宣孝からのアプローチ
(二八)
年返りて、「唐人見に行かむ」といひける人の、「春はとくくるものと、いかで知らせたてまつらむ」といひたるに
春なれど 白嶺(しらね)の深雪 いや積り
解くべきほどの いつとなきかな
【意訳】年が明けて、宣孝から「越前に滞在している、宋国人を見に行きたいな」と手紙がきた。こんなメッセージを添えて。
「春は雪解けの季節だから、我々の関係も打ち解けるべきだと貴女に知らせたいな」
……まったく、何を言っているのですか。父娘ほども年が離れているのに。
返事にはこう書きました。
「確かに春は来ましたが、こちらは山深く雪がまだまだ積もっています。当分はとけそうもありませんね」
まぁ、本当にとけない状態だったらこんな返事は書きません。
要するにまんざらでもなかったけど、どのくらい本気なのか、見定める段階と言ったところです。
さっそく浮気が発覚!
(二九)
近江守の女懸想ずと聞く人の、「二心なし」など、つねにいひわたりければ、うるさくて
水うみの 友呼ぶ千鳥 ことならば
八十の湊に 声絶えなせそ
【意訳】そんなこんなしていたら、宣孝のヤツが近江守の娘にちょっかいを出しているとか。
結婚前からこんな事では、とても夫婦としてやっていけるのかどうか……頭に来たので、手紙を書いてやりました。
「せっかく浮気するんだったら、一人二人なんてセコいことしないで、琵琶湖じゅうの女に片っ端から声をかけたらいかが?せいぜい喉を傷めないようにね!」
もちろん最後の声は「君が一番だよ」と言うために、ぜひとっておいて欲しいものです。
書状に手描きイラストを添える
(三○)
歌絵に、海人の塩焼く図(かた)を書きて、樵(こ)り積みたる投木(なげき)のもとに書きて、返しやる
四方の海に 塩焼く海人の 心から
やくとはかかる なげきをや積む
【意訳】宣孝のヤツから詫び状?が届いたので、仕方なく返事してやることにしましょう。
今回は投木(なげき。流木)の挿絵もつけてやります。あの人なら、意味するところ(投木≒嘆き)が判るはずです。
メッセージは「まったく嘆かわしい。まだ夫婦になっていないのに、これからの結構生活が思いやられますね!」
うーん、絵の出来は微妙でしょうか?
血の涙?見え透いた芝居に興醒め
(三一)
文の上に、朱といふ物を、つぶつぶとそそきかけて、「涙の色な」と書きたる人の返りごとに
紅の 涙ぞいとど うとまるる
移る心の 色に見ゆれば
もとより人のむすめを得たる人なりけり
【意訳】また宣孝から手紙が届きましたよ。今度は「君が恋しくて、血の涙を流しているよ」ですって。まったく小賢しいったら。
でもまぁ返事はしましょう。メッセージは「ご存知ですか?紅色って移り気な色なんですってよ」
よそで浮気したくせに、まったく回りくどいと言うか……。
「今までの手紙、全部返して!」
(三二)
文散らしけりと聞きて、「ありし文ども、取り集めてをこせずは、返り事書かじ」と、言葉にてのみ言ひやりければ、「みな、をこす」とて、いみじく怨じたりければ、正月十日ばかりのことなりけり。
閉ぢたりし 上の薄氷(うすらひ) 解けながら
さは絶えねとや 山の下水
【意訳】あの野ろ……宣孝のバカ!他人に手紙を見せびらかすって、どういう神経してやがんのかしら。
「今まであげた手紙を、ただちにすべて返しなさい!さもなくば……」
この剣幕に恐れをなして宣孝は全面降伏。しかし「悪かったよ。手紙を返せばいいんだろ、返せば」とか不貞腐れる始末。
「何その態度は!やっとここまでの関係になれたと言うのに、あなたはすべて台無しにする気ですか?」
さぁこれにどう返事してくるか……。
「先に謝れば、許してあげるのになぁ……」
(三三)
すかされて、いと暗うなりたるに、をこせたる
東風(こちかぜ)に 解くるばかりを 底見ゆる
石間の水は 絶えば絶えなん
【意訳】少し怒りすぎてしまったからか、二人の関係はややギクシャク。
謝らなければいけない点もあるけど、こっちから先に謝るのはちょっとなぁ……。
「本当にいいんですか?せっかく東風(東から吹く春風)が吹いてきたのに、岩清水は氷がとけるどころか、今にも水が涸れそうですよ?」
要は「あなたが先に謝って!それだけで全部解決するんだから」……そうです。
私がここまで言い放つのは、それだけ宣孝に心を許したからなのです。
だから宣孝が先に謝れば、私だって素直に謝れるというもの。
おかしなことは何も言っていません。妻が癇癪を起こせば夫が謝る、それが夫婦というものなんだから。
宣孝の降伏で決着
(三四)
「今は、ものも聞えじ」と、腹立ちたれば、笑ひて、返し
言ひ絶えば さこそは絶えめ なにかその
みはらの池を つつみしもせん
【意訳】紫式部の怒りように宣孝は苦笑い。
「解ったよ、私の負けだ。どうしても許せないなら破局もやむなしだが、ここは一つ許してやってはくれまいか」
宣孝の全面降伏によって二人の勝負は決着したのでした。
終わりに
(三五)
夜中ばかりに、又
猛からぬ 人かずなみは わきかへり
みはらの池に 立てどかひなし
後は形ばかりのやりとりを経て、二人は正式に夫婦となります。
紫式部にしてみれば、北国での暮らしに飽きつつあった頃合いでの求婚は願ったり叶ったりだったかも知れませんね。
果たしてこのやりとりが大河ドラマではどのように演じられるのか、今から楽しみですね!
※参考文献:
- 岡本梨奈『面白すぎて誰かに話したくなる紫式部日記』リベラル新書、2023年11月
- 南波浩 校註『紫式部集 付大弐三位集 藤原惟規集』岩波文庫。2024年2月
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