光る君へ

【光る君へ】いにしへの…で有名な女流歌人・伊勢大輔(いせのたいふ)とはどんな女性だった?その生涯をたどる

古(いにしへ)の 奈良の都の 八重桜(やへざくら)
今日(けふ)九重(ここのへ)に 匂ひぬるかな

※「小倉百人一首」61番

【意訳】旧都・奈良より献上された八重桜が、今日(きょう)は京(きょう)の都でますます美しく香りをたたえていますね。

「小倉百人一首」でおなじみ、この和歌は伊勢大輔(いせのたいふ。おおすけ)が詠んだものとして有名ですね。

伊勢大輔は平安時代を代表する女流歌人の一人で、紫式部らの後輩として藤原彰子(しょうし/あきこ。一条天皇中宮)に仕えました。

果たして彼女はどういう状況でこの和歌を詠んだのでしょうか。

紫式部の無茶ぶりに応える

伊勢大輔(画像:Wikipedia Public domain)

ある日のこと。彰子はみんなで和歌を詠もうと思い立ちました。

「お題は何にしましょうか?」

「そうですねぇ……」

みんなで考えていたところ、彰子の父・藤原道長がやって来ます。

「やぁ皆様、ご機嫌はいかがかな?今日はお土産がございますぞ」

「まぁ、綺麗」

道長が持ってきたのは八重桜の枝。訊けば奈良の都(平城京)から献上されたのだとか。

「あまりに美しいので、ぜひこれを美しい皆様のところへお持ちいたしました」

「ありがとうございます」

花房もたわわに香り立ち、見れば見るほど美しく花ぶりを、しばしみんなで鑑賞しました。

「そうだ。今日はこの八重桜をお題にしましょうよ」

彰子の提案にみんな賛同。それでは誰に一番手を務めてもらいましょうか……。

「紫。あなたにお願いしたいのだけれど」

女房たちの中でも一際教養深く、和歌にもすぐれた紫式部が指名されました。

これに対して紫式部は答えて言います。

「もったいなきお言葉。しかしながら、今日はこれほど華やいだ八重桜を詠むのですから、やはり若々しく華のある方がよろしいかと……」

紫式部は最近仕え出して間もない伊勢大輔を推薦したのです。

若い方に花を持たせるよい先輩……という面もありますが、一方でいきなり大役を与え、値踏みしようとする意図もあったことでしょう。

この先輩からの無茶ぶり?に応えたのが、冒頭の一首でした。

「実に見事な……!」

彰子や紫式部、道長たちは大いに感動したということです。

一説にはこんな意味も

伊勢大輔

八重桜(イメージ)

伊勢大輔。大中臣輔親女。奉仕 上東后。其初入后宮。后意■善和歌。 后父関白道長来。會有人献寧楽舊都八重桜花枝者乃以花枝示大輔。副以筆紙。満■属目視其所為。少頃大輔徐々磨隅。書歌而進。道長視之。文字清楚。歌亦妙。道長以下衆人感嘆之聲。震 宮中。

いにしへの なら乃みやこ乃 八重佐くら
けふ(は)こゝのへ尓 尓ほひぬる可難(かな)

※菊池容斎『前賢故実』巻之五 五十六 伊勢大輔

【意訳】伊勢大輔は大中臣輔親(おおなかとみの すけちか)の娘である。上東后(彰子)の女房として仕えた。和歌に巧みなことで知られ、仕えて間もないころ、和歌を詠むよう求められた。道長が持参した八重桜の枝には、筆と紙が副えられている。伊勢大輔は墨をすり、和歌を詠んで紙に書きつけた。道長はこれを見て、文字の美しさと和歌の巧みさに感動したという。宮中も大いに感動し、震えたのであった。

……ということで、伊勢大輔はみごと紫式部の期待に応えたのです。

ここまでならただめでたしめでたしで終わるのですが、一説によるとこの和歌には裏の意味があるとかないとか。

いにし「へ」の 「なら」のみやこの や「へ」ざくら
けふここの「へ」に 「にほひ(匂い)」ぬるかな

……お察し頂けたでしょうか。あえて何かとはハッキリ言いませんが、こういう意味を込めたとか込めてないとか。せっかくの八重桜が台無しですね。

随分と下品な……と思いますが、これはこれで狙いがあるとも言われます。

ただお上品に気取りすましただけの和歌を詠んでしまうと、確かに才能はあるけどいけ好かないヤツ認定されかねません。

そこであえてこういう下品な意味を忍ばせた和歌を用意することで、先輩がたと打ち解ける親しみやすさを示しているというのです。

単に歌才があるだけでなく、こういうバカさも併せ持っているとアピールしてこそ、宮中の女房社会を渡り歩いて行けるのでした。

そのお陰で、紫式部たちとは上手くやって行けたようです。

伊勢大輔プロフィール

伊勢大輔

伊勢大輔。菊池容斎『前賢故実』より

生没:生没年不詳
※永祚元年(989年)ごろ生?~康平3年(1060年)以降没

両親:大中臣輔親/母親不詳

伴侶:高階成順(なりのぶ)

子女:康資王母、筑前乳母、源兼俊母

主君:藤原彰子、白河天皇

交流:紫式部、和泉式部など

備考:中古三十六歌仙、女房三十六歌仙

概略:寛弘5年(1008年)ごろに彰子の女房として出仕。紫式部や和泉式部と交流し、晩年には白河天皇の傳役を務める。
和歌にすぐれ、多くの歌合に出場したほか勅撰和歌集にも採録された。
没年は不詳ながら、康平3年(1060年)時点では歌合に出場していることから生存が確認される。

【勅撰和歌集の採録和歌数】

  • 後拾遺和歌集 27首
  • 金葉和歌集 1首
  • 詞花和歌集 1首
  • 新古今和歌集 7首
  • 新勅撰和歌集 3首
  • 続後撰和歌集 1首
  • 続古今和歌集 2首
  • 玉葉和歌集 1首
  • 続千載和歌集 1首
  • 続後拾遺和歌集 2首
  • 新千載和歌集 2首
  • 新拾遺和歌集 3首
  • 新続古今和歌集 1首

今回は彰子に仕えた伊勢大輔のエピソードを紹介してきました。

才色兼備であるのみならず、バカっぽさも演出できる世渡り上手でもあったようです。

果たして彼女はNHK大河ドラマ「光る君へ」には登場するのか、するなら誰がキャスティングされるのか、今から楽しみにしています。

※参考文献:

  • 蛇蔵&海野凪子『日本人なら知っておきたい日本文学 ヤマトタケルから兼好まで、人物で読む古典』幻冬舎、2021年8月
  • 岡本梨奈『面白すぎて誰かに話したくなる 紫式部日記』リベラル新書、2023年11月
  • 山本淳子『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』朝日選書、2007年4月
  • 菊池容斎『前賢故実 10』国立公文書館デジタルアーカイブ

文 / 角田晶生(つのだ あきお)

 

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