♪月がとっても青いから 遠廻りして帰ろう……♪
※菅原都々子「月がとっても青いから」
月が綺麗だと、それだけでテンションが上がってしまう方は多いかと思います(私事で恐縮ながら、筆者もその一人です)。
筆者のような庶民であれば、気の向くままに出かけたり、ちょっとだけ遠回りしたりして月を愛でれば済む話。ですが、ちょっと地位や身分のある方だとなかなかそうも行きません。
それでも彼らとて人の子、月の美しさに心揺らいでしまうのは古今東西・老若男女みな同じ。
たまには羽目を外したい……今回は鎌倉時代、幕府の第4代将軍・藤原頼経(ふじわらの よりつね)がお忍びで夜遊びに出かけたエピソードを紹介したいと思います。
そうだ 遊び、行こう。頼経の気まぐれ
時は延応元年(1239年)7月20日。その日は特に何事もなく、いつも通りに静かな夜が更けていきました。
「あぁ、月が綺麗だ……そうだ 遊び、行こう。」
と思い立ったが何とやら。頼経は夜遊びに出かけます。
「お待ち下され、供の者がおりませぬ」
「そなたがおるではないか。今おる者だけでよい。ついて参れ!」
ちょうど宿直していた御家人の顔ぶれは以下の9名(『吾妻鏡』記載順)。
・北条光時(ほうじょう みつとき。周防右馬助、北条泰時の甥)
・北条実時(さねとき。陸奥掃部助、北条泰時の甥)
・三浦光村(みうら みつむら。河内守、三浦義村の三男)
・毛利季光(もうり すえみつ。蔵人、大江広元の四男)
・藤原定員(ふじわらの さだかず。兵庫頭)
・伊賀光重(いが みつしげ。織部正。北条義時の義兄弟)
・三浦家村(みうら いえむら。駿河四郎左衛門尉、三浦義村の四男)
・三浦資村(すけむら。五郎左衛門尉、三浦義村の五男)
・結城朝広(ゆうき ともひろ。上野判官、結城朝光の嫡男)
「いいんですか?こんなの執権(北条泰時)殿に知られたら……」
「構わぬ。昼間はちゃんと仕事をしておるのじゃから、夜くらいは自由に過ごさせてもらう」
「もし、執権殿が許してくれなかったら?」
「その時は……そう、すべてはあの美しすぎる月のせいじゃ。そういうことに致そう」
「左様で。して、今宵はどちらへ?」
「そうさな、佐渡前司(さどのぜんじ。後藤基綱)の元へ参ろう。あやつなら、こんな時分でも快く受け入れてくれよう」
(そりゃ追い返されはしないでしょうが、やはり上司の仰せだから渋々感がにじみ出てしまうと、実に興ざめなものです)
後藤基綱(ごとう もとつな)は頼経・泰時ともに信頼が篤い文武両道の側近。そこへ遊びに行くということは、泰時にバレるのは百も承知だったのでしょう。
「……というわけで、参ったぞ!」
まったく、真夜中に迷惑な……なんて素振りはおくびにも出さず、基綱は月見に押しかけた将軍様ご一行を快く歓迎。勝長寿院(現:鎌倉市雪ノ下。現存せず)から稚児たち(現代でいうコンパニオン的な感覚)も呼んで歌舞音曲を楽しんだということです。
終わりに
及深更。夜靜月明。將軍家俄渡御于佐渡前司基綱宅。被用御車。御共人々折節八九人計也。所謂周防右馬助。陸奥掃部助。河内守〔三浦〕。毛利藏人。兵庫頭。織部正。駿河四郎左衛門尉〔同〕。同五郎左衛門尉。上野判官〔結城〕等也。於彼所。召勝長壽院兒童等。有管絃舞曲等興遊云々。
※『吾妻鏡』延応元年(1239年)7月20日条
「御・所・ド・ノっ!」
まったく天下の鎌倉殿ともあろうお方が夜遊びなど……さて泰時の怒るまいことか。令和の現代と違って、鎌倉時代の夜道は盗賊やら野犬なんか(現代でもまれに猿や猪の出没情報あり)もウロついており、治安なんて何それ美味しいの?状態。
「何かあったら、どうなさるおつもりか!少しはお立場を考えていただきたい!」
泰時が心配したのはもちろんのこと、民衆に対しても「やたら出歩くな、治安を乱すな」と口を酸っぱく言っている手前、御所様がこれでは示しがつかないではありませんか。
「まぁまぁ、たまにはよいではないか……」
「よくありません!そういう時はちゃんと護衛をつけて、万一に備えて万全の体制をですな……」
「それじゃつまらn……」
「何ですと?」
「いえ、何でも。ナンデモアリマセヌ。ハイっ」
大真面目な泰時から、こってりと油を搾られたであろう頼経(そんな恥部は『吾妻鏡』に書かれませんが)。でもこの手の「いけない思い出」を共有するのは、何物にも代えがたい財産の一つ。御家人たちも(いい迷惑ながら)嬉しかったんじゃないでしょうか。
「いやぁ、あの時は楽しかったですね」
「四郎(三浦家村)の隠し芸、ありゃ最高だったな」
「あん時の稚児、可愛かったなぁ」……等々。
※ちなみに、こうした「将軍の気まぐれ」にも対応できるよう側近メンバーにシフト制が導入されたのはもう少し先の話し。
源頼朝(みなもとの よりとも)公の天下草創より早数十年。鎌倉殿と御家人たちの間には、往時と変わらず主従の絆が育まれていたのでした。
※参考文献:
- 五味文彦ら編『現代語訳 吾妻鏡 11将軍と執権』吉川弘文館、2012年1月
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